
ボフミル・ヴァツィーク (チェコ)
【 1952 〜 2026 】
ボフミル・ヴァツィークは、1952年8月29日、チェコスロバキア・ソコロフ地区スタレ・セドロで生まれた。
小学校を卒業したヴァツィークは、その後、農場機械修理工の訓練を受けた。
1973年、ヴァツィークはスボル・ナロドニー・ベズペチノスチ (チェコスロバキアの国家警察・治安組織) で働き始める。
1974年、仕事で頭部に重傷を負い、ほぼ1年間働く事が出来なくなった。
その後、ヴァツィークはパスポート・ビザ部門で働いたが、借金がかさんでローンを返済出来なくなり、警察を辞めざるを得なくなってしまう。
1979年、ヴァツィークは鍵屋として働き始める。
ただ、しばらくの間はヴジェソヴァで機関車の整備もしていた。
ビロード革命 (1989年11月17日にチェコスロバキアで始まった民主化運動) 後、ヴァツィークはセールスマンとして働き、部分的な障害年金を受け取った。
また、ヴァツィークは自身で事業を始めようとするが、事業計画は上手くいかず、借金を抱えるようになる。
ヴァツィークは表面上は自信満々に見られており、成功した実業家のように自身を見せようとした。
いつの頃か不明だが結婚し、数人の娘がいた。
1994年12月19日早朝、ヴァツィークは友人で同僚のヤン・ベイドゥクにCz75銃を貸して欲しいと頼んだ。
しかし、ベイドゥクが銃を貸すのを拒否した為、銃を奪い揉み合いの末、頭部を2発撃って射殺した (ただし別の説では銃を貸したとも言われる) 。
ヴァツィークは銃を盗んだ後逃走し、警察の追跡を逃れた。
1995年1月11日未明、ヴァツィークは28,000チェココルナ (約11万2000円) を借りていたベトナム人実業家ティエン・ミン・トゥー (♂) のアパートへ向かった。
アパートに着くと、ヴァツィークは借金を返済したいと話した。
キッチンに入ると、ヴァツィークはベイドゥクから奪った銃をティエンに突きつける。
そして、そのままティエンを撃つと、銃撃を目撃したティエンの6歳の娘も容赦なく撃って射殺した (ヴァツィークは娘の事をよく知っていた間柄であった) 。
ヴァツィークはアパートを立ち去る前に、妊娠9ヶ月のティエンの妻も頭部を撃って射殺した。
その日の夜、ヴァツィークはリショフのガソリンスタンドを襲撃し、25000チェココルナ (約10万円) を強奪する。
その際にガソリンスタンドの従業員ミレナ・プチンゲロヴァ (♀) を撃った (プチンゲロヴァは翌日その傷がもとで死亡した) 。
ヴァツィークはガソリンスタンドをすぐにさらずに留まり、その後、ガソリンを入れにきた客に接客して給油した。
同年1月14日、ヴァツィークは殺害したティエン一家のアパート周辺をうろついていた所、捜査でアパートに来ていた警察官により尋問された。
当初、警察はティエンの死はベトナム人同士のコミュニティによる争いによって殺害されたと考えたが、弾道検査の結果、被害者全員が同じ銃で撃たれた事が判明した。
警察はヴァツィークとティエン一家が親しく、お金の貸し借りがあった事を突き止め、ヴァツィークを一家殺害の第一容疑者とした。
ただ、確たる証拠がなかった為、ヴァツィークは釈放されてしまう。
1996年2月、犯行から1年以上経った後、ようやくヴァツィークは逮捕された。
逮捕されたヴァツィークはこれまでの犯行を全て告白した。
同年3月2日、ヴァツィークの犯行が公になると、ヴァツィークの妻は自殺した (また妻の父も間もなく脳卒中で亡くなっている) 。
妻の死を知らされたヴァツィークだったが、驚くこともなく、特に大きな反応を示さなかった。
裁判中、ヴァツィークは精神医学と心理学の専門家から攻撃的、分裂病質的、ヒステリー的な症状を伴う多形性精神病質的人格であると診断され、IQは平均よりやや高い事がわかった。
また、以前、仕事で負った怪我とその後の部分的な障害は犯罪の原因ではないと付け加えた。
同年8月、ヴァツィークは4件の殺人及び武器の不法所持により終身刑が言い渡された (ガソリンスタンドの店員殺害に関しては捜査に法律違反があったとして有罪判決を受けなかった) 。
判決を言い渡されたヴァツィークは、酷く汗をかき震えていた。
ただ、判決に対して不服として控訴する事はなかった。
後年、インタビューでヴァツィークは自身が強直性脊椎炎 (背骨や骨盤の関節に炎症が起き、進行すると骨同士がくっついて硬くなる指定難病) であると語っている。
2011年、ヴァツィークはミロフ刑務所に移送され、その時点で結腸癌を患っていた。
2013年9月、ヴァツィークは病気を理由に制限の緩やかな刑務所への移送を要請するが認められなかった。
2026年7月17日、ヴァツィークが刑務所で死亡しているのが発見された。
享年73歳。
《殺人数》
5人 (他犯罪多数)
《犯行期間》
1994年12月19日〜1995年1月11日
∽ 総評 ∽
5人を容赦なく殺害したヴァツィーク。
しかも、その中には日頃からよく知っている6歳の女の子という鬼畜振りで、ヴァツィークの非情さがよくわかる犯行である。
ヴァツィークは2011年の時点で結腸癌であり、死亡したのが2026年という事は、最低でも15年以上生きた事になる。
手術や治療を受けて延命したのは間違いないだろう。
真面目に生活する一般人の中には癌の費用が高額で治療を受けられない人も沢山いるというのに、こんな死に損ないの鬼畜は税金で治療を受けられる。
こんな事が許されていいのか?
処刑出来ないのなら黙って野垂れ死ぬまで見守ればいいと思う。
コメント
コメント一覧 (4)
ベイドックさんとトゥーさん(越系であること考慮し)はまだ理解できますが、トゥーさんの奥さんの某F子さんと娘ちゃんの某F美ちゃん(両名とも匿名)まで殺してるのは非道なゲスだなとね。
しかもGSの女性店員を殺してるんだよね。
発覚後まもなくゲスの奥さんは自殺し、お義父さんも死んでるんだよな。
お義父さんが脳卒中でぶっ倒れて死んじゃったのは義理の息子のゲスの所業と娘さんの自殺は大きいと思いますね。
情けないことにこのゲス、死刑にならんのはわかってるのに裁判ではびくびく震えてるんだよな。
ここまでトコトンな腐れゲスを死刑にもできずにしかも長々延命させて先日まで生きてたのは完全な司法の敗北ですよね。
不満も見せず控訴せんかったのは死なないことわかったことに安心してるのもでっかいのかなと私は思いましたね。
そう考えたらトコトン恥知らずだなとも思いました。
こちらこそ紹介して頂きありがとうごさいました。
調べて文章を作るにあたり、その鬼畜振りになかなか戦慄を覚えました。
死んでくれたのはいいことですか天寿を全うしたのが納得いきませんね。
日本も100人くらいの死刑囚をダラダラ飼いならしてどんだけ無駄な税金使ってるのだと腹が立って仕方ありませんね。