
ビリー・カーズ (アメリカ)
【 1972 〜 2026 】
ビリー・レオン・カーズは、1972年10月26日、アメリカ・フロリダ州セントルーシー郡で生まれた。
カーズの母親は長時間労働でほとんど家におらず、カーズを妊娠中に過量のアルコールを飲酒していた。
カーズは食べ物をろくに与えられず常に空腹で、衣服もまともに着てなかった。
また、カーズは幼児期に頭部を損傷し、深刻なネグレクトと相まって幼い頃から情緒障害に悩まされた。
学校にほとんど通わず欠席し、情緒障害児の為の特別教育プログラムに入れられた。
1981年、カーズは8歳の時に窃盗で初めて警察に逮捕され、10歳になるまでに別の窃盗と住居侵入罪で更に逮捕された。
カーズは若年にしてすでに「手に負えない」状態であった。
結局、カーズは8年生 (中学2年) の時に学校を中退し、頻繁に家出をしては警察に保護された。
そんな破綻した生活環境について、カーズ本人が
「家にいるより拘置所にいた方が安全で遥かにましだ」
と当局に話す程であった。
その後もカーズは犯罪を繰り返し、窃盗、器物損壊、不法侵入、住居侵入、自動車窃盗などの財産関連に関する犯罪で逮捕された (ただし暴力行為による犯罪は行っていない) 。
ただ、いくつかの事件は不起訴となり、また、年齢も考慮され、収監ではなくフロリダ州保護更生局で処理された。
1988年10月、拘置所を脱走したカーズは地域社会監督下に置かれた。
1989年10月、カーズは自動車窃盗道具の不法所持で逮捕された。
1990年2月、カーズは懲役4年と保護観察の判決を受けるが、1年も経たずに釈放された。
1991年1月18日、フロリダ州フォートピアースで、警察官ダニー・パリッシュ (29歳♂) が交通検問を行なっていた。
すると、一方通行を逆走する車と遭遇し、パリッシュは車を止めて運転手に話を聞く事にした。
運転手はカーズであり、パリッシュはカーズに運転免許証の提示を求めた。
運転免許証を所持していなかったカーズはいくつかの偽名を名乗った。
しかし、パリッシュがそれらの名前をリストと照合するが当然そんな人物は存在しなかった。
パリッシュはカーズに車から降りるよう指示し、逮捕しようとした。
パリッシュがカーズに手錠を掛けようとするが、この時、保護観察中であったカーズは逮捕されれば重い罪になると考え、激しく抵抗し、2人は揉み合いとなる。
揉み合いの中、カーズはパリッシュのベルトから銃を奪い取り、パリッシュめがけて13発発射して射殺した。
カーズはパリッシュを放置し、その場から逃走した。
検死報告書によると、13発の銃創のうち、9発は直接身体に命中し、残る4発は防弾チョッキに当たっていた。
銃撃はタクシー運転手によって目撃されており、アフリカ系アメリカ人の男性が濃い青色の車を運転して立ち去ったと警察に証言した。
捜査の末、カーズは車の登録番号に登録された住所により逮捕された。
同年1月20日、カーズは第一級殺人罪で起訴された。
同年1月22日、パリッシュの葬儀が行われ、妻や両親、友人や同僚など多くの人が参列した。
当時のフロリダ州知事ロートン・チャイルズも参列し、弔慰を表明した。
同年5月8日、カーズは再び第一級殺人罪で起訴されるが、これは新たに制定された法律に基づくものであった。
新しい法案では第一級殺人罪で有罪となった場合、死刑か仮釈放の可能性がない終身刑のいずれかが科される事となっていた (従来は最低25年は仮釈放の可能性がない終身刑か死刑) 。
同年6月、カーズは新法に異議申し立てを行った。
被害者が警察官の場合、最低刑期が仮釈放の可能性がない終身刑なのに対し、被害者が警察官ではない場合、最低刑期が最低25年仮釈放の可能性がない終身刑であった為、カーズは新法が被害者と加害者を不当に差別していると主張した。
これに対し検事は新法は既に合憲であると認められており、警察官に対する犯罪には厳しい厳罰を科す権限があると主張した。
同年10月22日、カーズは第一級殺人罪で有罪判決を受けた。
量刑審理の際、弁護側はカーズの辛い幼少期を理由に酌量を求め、証人を招聘して証言させた。
母親が妊娠中にアルコールを乱用した事で胎内で脳に損傷を受け、幼少期のネグレクトによって知的機能が低下し、それらにより深刻な情緒障害を抱えるに至ったと示唆した。
同年10月24日、陪審は11対1の多数決でカーズに死刑を宣告した。
パリッシュの未亡人ミルタも評決に同意し、カーズは死刑に値すると述べた。
また、パリッシュの姉と母親もカーズの死刑判決を望んでいた。
同年11月8日、カーズは電気椅子による死刑が正式に宣告された。
判事は
「犯罪は計画的で特に凶悪で残虐かつ残酷であり、カーズが被害者に対して謝罪かなく完全な無関心である為、死刑は適切である」
と判断した。
1993年12月4日、カーズはフロリダ州最高裁判所に上訴した。
1995年6月22日、フロリダ州最高裁判所はカーズの上訴を認め、死刑判決を取り消し再審理を命じた。
検察はカーズの再量刑裁判の際に再び死刑を求刑すると公表した。
1996年12月19日、2度目の陪審も満場一致でカーズに死刑を再宣告する事を決定した。
1997年3月24日、裁判官はカーズに改めて死刑判決を言い渡した。
1999年1月7日、カーズは再びフロリダ州最高裁判所に上訴し、弁護人はカーズは死刑判決を受けるに値しないと主張した。
2000年6月29日、フロリダ州最高裁判所はカーズの死刑判決に対する控訴を棄却した。
2007年8月30日、フロリダ州最高裁判所はカーズの上訴を棄却した。
2018年8月30日、カーズの再量刑の控訴はフロリダ州最高裁判所によって却下された。
2021年、パリッシュが殺害されてから30年経ったこの年、追悼の為にフォートピアース警察署にパリッシュに似た等身大の銅像が建立された。
2026年1月29日、ロン・デサンティス知事はカーズに対する死刑執行令状に署名し、執行予定日を同年3月3日に設定した。
同年2月16日、カーズはフロリダ州最高裁判所に上訴し、死刑判決の合憲性について主張するが、結局上訴は棄却された。
同年3月3日午後6時24分、フロリダ州立刑務所で、カーズの致死量の注射による死刑が執行された。
享年53歳。
カーズの最後の言葉は
「パリッシュ一家に許しを請う事しか出来ない」
であった。
カーズは最後の食事を拒否したが、面会者との面会は受け入れている。
《殺人数》
1人 (他犯罪多数)
《犯行期間》
1991年1月18日
∽ 総評 ∽
警察官を殺害した事で死刑となったカーズ。
カーズの家庭環境は悲惨であり、また、胎内にいる時に母親は過剰なアルコールを摂取した。
妊娠中にアルコール摂取は厳禁であり、その影響で脳にダメージを負った可能性は高い。
ただ、だからといって当然犯罪をしていいという理屈にはならない。
カーズが不満を抱いたのは、今までなら死刑にならなかった可能性が高いのに、タイミングよく法律が変わり死刑判決となった事であった。
しかも、旧法なら警察官はもちろん一般市民を殺害してもほとんど死刑にならないはずだとカーズは主張した。
正直、旧法だろうが新法だろうが、警察官だろうが一般市民だろうが私利私欲の殺人を犯した時点で全員死刑が相当である。
ただ、警察官殺しは一般市民を殺害する以上に罪が重いと思っている。
というのも警察官というのは一般市民が安全に生活を送れる為に日夜犯罪を取り締まる存在であり、そんな警察官を殺害するというのは安全で健全な社会を否定する事になる。
結局、処刑されたからいいものも、処刑まで実に35年を費やしており、どれだけ無駄な税金が投入されたかと思うと腹立たしさしか湧かない。
コメント
コメント一覧 (10)
生い立ちに同情してもいいし悲しんでもいい。
ただその事で酌量と恩赦を与えてはいけません。
悲惨な環境だからといって犯罪などしないでまともに生活している人も沢山いる。
そういう人達への侮辱だと思う。
それでも35年も無駄飯食をしてたのにはかわりないがね。
米加州などじゃ死刑制度はあっても死刑執行はぶっ止まってる点などを鑑みても。
デサンティス知事の粛々と死刑を執行する姿勢とご英断、感謝あるのみです。
信条の話や宗教の話などは賛否両論ありますが、どうしようもない粛清すべきゲスの死刑執行命令を出して多数粛清しているのはいいことだとおもいます。
どれだけ無駄な税金が投入されたのでしょうかね。
考えるだけで腹立たしいので考えない事にします。
私見になるけど、死刑が嫌なら囚人間での流血沙汰が起きやすいような仕組みにしたほうがいいのかなと。
規則をある程度修正して。
もちろん、死んだときは全匹自然死や病死扱いでね。
むしろ劣悪にして犯罪者同士バトルロワイヤルすればいいと思います。
間違っても『逃がす』を選択してはいけません。
デサンティス知事の政治的主張には共感できない部分も多いですが、キチモンを駆除する点では評価できます。
警官の遺族や同僚もようやく故人に報いる事が出来ましたしね。
生まれた環境は選ぶ事が出来ないのでその点は同情に値しますが、だからといって罪は罪です。
被害者からすれば相手の生い立ちなど知った事ではなく、加えられた犯罪の内容が全てです。
腹を空かせた熊も人を食べれば駆除、人を殺したキチモンも同じように駆除されなければ。
遺族からすればそのキチモンが生きていること自体耐えがたい苦痛な場合があり、重大な人権侵害でもあります。
そういえば昔幼い娘を小児性愛者のキチモンにレイプされ殺された母親がそのキチモンを法廷で射殺したなんてこともありましたね。
その通りですよね。
人を襲った熊は容赦なく排除するのに、なぜ人も同じ駆除しないのか不思議でなりませんね。
マリアンネ・バッハマイヤーですね。