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スマイル・トゥルジャ (モンテネグロ)
【 1940 〜 2012 】



スマイル・トゥルジャ (出生名スマホ・ジュリッチ) は、1940年 (1941年とも) 、モンテネグロ・プラヴで生まれた。

トゥルジャの前半生については詳細が少なくほとんどわかっていなかった。

いつの頃かわからないがアメリカ・ニューヨーク州ニューヨークに移住した。


1990年9月15日、トゥルジャは2番目の妻メアリー・ビールを殺害する。

そして、ビールの首を切断し、遺体をバラバラにすると2つのゴミ袋に入れて捨てた。

ビール殺害後、トゥルジャは3番目の妻と共にアメリカからベルギーに逃亡し、その際に名前を「スマイル・トゥルジャ」に改名した。

その後、トゥルジャはアルバニアへ逃亡する。


2006年、アルバニアで2人の女性が殺害されると、バラバラにされゴミ袋に入れられ捨てられた。

アルバニア警察はアメリカ大使館地域安全保障局に協力を要請し、同局はFBIと連携して事件の捜査にあたった。

事件は解決に至らなかったが、2007年にトゥルジャがモンテネグロで逮捕される事に繋がった。

FBIは1996年1月から1997年7月の間にベルギー・モンスで発生した5件の未解決連続殺人『モンスの屠殺者 (以前掲載) 』の犯人がトゥルジャであると考えた。

その期間、トゥルジャがベルギーに滞在していた事と、遺体をバラバラにしてゴミ袋に入れて遺棄するという犯行内容が非常に酷似していた為だった。


2009年2月、トゥルジャはビール殺害とアルバニアでの2件の殺人で起訴される。

アメリカはトゥルジャがニューヨークで殺人を犯している事から身柄引き渡しを要求するが、モンテネグロは2006年に独立したばかりでアメリカとの犯罪引き渡し条約をまだ締結していなかった。

その為、モンテネグロ政府はこの引き渡し要求を拒否する。


2010年6月、モンテネグロの裁判所はトゥルジャに有罪判決を下し、同年7月、懲役12年が言い渡された。


2012年2月、トゥルジャは刑務所で獄中死した。

トゥルジャによる確実な犯行はニューヨークで殺害した元妻だけであるが、ベルギーとアルバニアでの犯行もトゥルジャによるものだと考えられ現在も捜査が続けられている。



《殺人数》
1人 (8人の可能性あり)

《犯行期間》
1990年9月15日



∽ 総評 ∽

トゥルジャは他の殺人事件の主要な容疑者となっているが、現在に至っても犯人かどうか確定していない。

トゥルジャの生涯は詳細が少なくわからない事が多く、本人もすでに死んでいる為、これ以上本人から聞き出す事は不可能である。

トゥルジャがアルバニアとベルギーで行われた殺人の容疑者となったのは、殺害方法と遺体をバラバラにしてゴミ袋に入れ遺棄した所が酷似していたからだった。

確かにシリアルキラーの多くはこだわりが強く、まるで儀式のように同じ事を繰り返す事が多い。

ただ、バラバラにしたりゴミ袋に入れたりといった事は誰でも出来て決して珍しい事はないので、正直なんとも言えない。

ただ、こんな異常者が元妻殺害だけで収まるとは到底思えず、8件とは言わずともアルバニアの2件はトゥルジャによる犯行で間違いないのではと思う。

本人はすでに死んでいるので今後全てが解決されるのは極めて難しいが、何とか解決して欲しいと思う。