
モンスの屠殺者 (ベルギー)
【 1996 〜 1997 】
1997年3月22日、警察官オリヴィア・モットがクエムのエミール・ヴァンデルヴェルド通りの地下で、人骨の入ったゴミ袋9個を発見する。
その後、ピエール・ピレット判事が袋の検査を指示し、袋の中に3体分の腕と脚が入っており、いずれも女性のものだという事が判明した。
9個の袋のうち5個はクノック=ヘイストから持ち込まれていた事がわかった。
翌日の23日、同じ通りで10個目の袋が発見された。
同年3月24日、モンスの静かな道で女性の胸部が入ったバッグが発見された。
同年4月12日、アーヴルのデポ通りで2つの袋が発見される。
袋の中には足1本と頭部が入っていた。
同年7月、更に1人の女性の遺体の一部がゴミ袋の中から発見された。
この一連の殺人事件はメディアによって『The Butcher of Mons (モンスの屠殺者) 』と呼ばれたが、殺害された女性たちの身元確認は困難を極めた。
というのも5人全員が体の一部分しか見つかっておらず、女性という事以外、何もわからない状況であった。
また、ゴミ袋はアベニュー・デ・バスサン (フランス語で「骨盤」の意) 、エーヌ川 (フランス語で「憎悪」) 、シュマン・ドゥ・アンキエチュード (フランス語で「不安な道」) 、リュ・デュ・デポ (フランス語で「保管所」) 、ベツレヘム近くのトルイユ川 (フランス語で「恐怖」) で発見されており、印象的な場所に捨てられていた事も意味があるのかと考えられた。
遺体に加えて袋の中には鮮やかな色の下着も発見され、犠牲者全員に共通するのはモンス駅周辺を頻繁に訪れ、社会経済的問題や家庭問題を抱えていた事だった。
しかし、必死の捜査により犠牲者の身元が判明する。
1人目はカルメリーナ・ルッソ (42歳) で、1996年1月4日に行方不明となっていた。
ルッソの骨盤は同月21日にフランスのノール県スヘルデ川で発見された。
2人目はマルティーヌ・ボーン (43歳) で、1996年7月21日に行方不明となっていた。
3人目はジャクリーヌ・ルクレール (33歳) で、1996年12月22日に行方不明となっていた。
ルクレールは4人の子供がいる母親であった。
4人目はナタリー・ゴダール (21歳) で、1997年3月に行方不明となっていた。
最後はベゴニア・バレンシア (37歳) で、1997年7月に自宅から姿を消した。
事件を解決する為、ピレット判事によって特別捜査班「コーパス班」が設立され、捜査が行われた。
しかし、捜査開始当初から事件は「地域事件」とみなされていた為、班員不足が報告されていた。
2007年以降、コーパス班はわずか4人という有様だった。
『The Butcher of Mons』は犯人が捕まることはなく、現在も未解決事件である。
〘主要な容疑者〙
✘スマイル・トゥルジャ (後日掲載)
トゥルジャは1990年に2番目の妻であるメアリー・ビールを殺害した。
その後、3番目の妻と共にベルギーに逃亡していた。
その際に『The Butcher of Mons』の犯行を行なったとされている。
トゥルジャは2007年2月にモンテネグロで逮捕され起訴されるが、2012年に死亡した (現在ではこのトゥルジャの犯行でほぼ間違いないとされている) 。
《殺人数》
5人
《犯行期間》
1996年1月4日〜1997年7月
∽ 総評 ∽
『The Butcher of Mons』と呼ばれ、5人を殺害してゴミ袋に入れ遺棄した未解決事件。
屠殺者というネーミングだが、これは遺体をバラバラにしてゴミ袋に入れて遺棄した事でそのように呼ばれたのだろう。
街のあちこちにゴミ袋に入れられた体の部位が捨てられるというのは恐怖でしかなく、考えただけで恐ろしい。
前述した通り現在ではスマイル・トゥルジャの犯行で間違いないとされているが、肝心の本人が死んでしまっている為、確かめようがない。
せめて告白してから死んでいって欲しいものである。
コメント
コメント一覧 (4)
真犯人で間違いないとされる人間がすでに死んでいる。
確かにそれなら良かったと言えますね。
もし容疑者(ほし)になってる男は非EU出身の欧州人。
犯人と断定できた事件もEUでの事件じゃない。
9割9分9厘この男と断定できるけど、確認する前に死んじゃったのなら断定は無理だな。
歯がいいな。
確認出来ないのが残念ですよね。
アメリカに身柄を渡されていればDNA鑑定など出来て解決したかもしれませんね。