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ロバート・ハリス (アメリカ)
【 1972 〜 2012 】



ロバート・ウェイン・ハリスは、1972年2月28日、アメリカ・テキサス州ダラス郡で生まれた。

ハリス8歳の時、父親が母親を殺害し、その後、父親が自殺するのを目撃した。

孤児となったハリスは親戚の家を転々とし吃音症となった為、特別支援学級に入学した。

ハリスは学校でいじめに遭い、9年生 (中学3年) で学校を中退した。

ハリスは教師や生徒に暴力を振るう事で知られ、攻撃性パーソナリティ障害と診断された。

ハリス15歳の時、ショッピングモールの店員を暴行し、叔母の家に強盗に入った。

叔母が通報した後、ハリスは叔母の頭部をハンマーで強く殴り、頭蓋骨を骨折させた。

この事件によりハリスは少年矯正施設に2年間収監された。

施設を出たハリスは17歳で麻薬取引を始めた。

しかし、ハリスは18歳の時、GED (アメリカ及びその領土において高校卒業資格と同等の学力を証明する4つの科目からなるテスト) を取得した。


1991年、ハリスは3件の窃盗罪を犯し、当初は保護観察処分を受けていたが治療プログラムから逃亡した為、懲役8年の刑を受けた。

服役中のハリスの行動は問題だらけで、その為ほとんどの時間を隔離施設で過ごした。


1999年、ハリスは釈放された。


同年11月29日、ハリスはサンドラ・スコット (37歳♀) を誘拐し、最後に射殺した。

後に動機についてスコットがお金を盗んだと疑い殺害したと述べた。

当初、ハリスはスコット失踪について尋問を受けるが、確実な証拠はなく起訴されなかった。

警察がスコットのトラックを発見した際、車内の荷物は全てなくなっており、鍵もなくなっていた。


2000年3月15日、ハリスはテキサス州アービングにある職場「Mi-T-Fine Car Wash」で、仕事中に女性客の前で自慰行為を行う。

女性客が警察に通報し、ハリスは逮捕され2日後に職場を解雇された。

解雇当時、ハリスはその職場で約10ヶ月働いていた。


同年3月19日、ハリスは友人から車を借りると、別の友人ビリー・ブルックスのもとへ向かい、ブルックスの義理の息子から銃を借りた。


翌日の20日、ハリスは元職場の「Mi-T-Fine Car Wash」の開店時間前に店舗を訪れ、店長のデニス・リー (48歳♂) 、副店長のオーガスティン・ビジャゼノール (36歳♂) 、レジ係のローダ・ウィーラー (46歳♀) の3人を銃で脅し無理矢理事務所に押し込んだ。

ハリスはウィーラーに金庫を開けさせると、3人を床に押し倒し順々に撃って射殺した。

また、リーだけは喉も切り裂いた。

その後、更に3人の従業員が到着するとロビーの床に押し倒し3人を撃った。

この銃撃でベンジャミン・ビジャゼノール (32歳♂) 、ロベルト・ヒメネス (15歳♂) が死亡し、唯一1人だけ生き残った (後遺症が残る重傷を負った) 。

撃たれた6人は全員後頭部を1発ずつ撃たれていた。

別の従業員ジェイソン・シールズが現場に到着し、ロビーでの惨事を目撃する。

すると、ハリスと遭遇し、ハリスは本棚からナイフを取り出すとシールズに向かって来た。

シールズは逃走し近くのドーナツ店に駆け込んで警察へ通報した。

ハリスはシールズを追い掛けドーナツ店まで来ると、911のオペレーターと短時間会話した。

そして、約4000ドル (約43万円) を盗んで逃走した。

ハリスは車を友人に返却し、友人に元職場で遺体を発見したと伝えた。

その後、ブルックスの家に行き、いくつかの証拠を処分した。

ハリスは盗んだお金で新しい服を買い、モーテルにチェックインした。


同年3月21日、ハリスは友人の家で逮捕された。

逮捕されたハリスは、フロリダまで車で行き、元恋人を殺害するつもりだったと話し、また、スコット殺害も自白し警察に遺体の場所まで案内した。

ハリスは殺人罪で起訴され、検察は死刑を求めると発表した。


同年9月、陪審員による11分間の評決を経てハリスは有罪となった。

ハリスの弁護士は精神的問題と幼少期の不安定な環境を指摘し、終身刑が妥当だと述べた。

ハリスを診察した心理学者は、鬱病、反社会性人格障害、トゥレット症候群だと診断した。

しかし、検察はハリスは善悪の判断ができ、人生の大半において良き模範となる人物に恵まれていたと主張した。


同年9月29日、陪審は約2時間の評決の後、ハリスに死刑を言い渡した。

ウィーラーの2人の子供はハリスに判決が言い渡された時に法廷にいたが、その後のインタビューで死刑判決に賛成の旨を述べた。

ハリスの弁護士は、精神障害を抱えているため死刑執行は不当だと主張した。

だが、州側と弁護側双方の専門家がハリスには精神障害はなかったと認めた。


2012年9月20日、ハンツビル刑務所でハリスには致死量の注射による死刑が執行された。

享年40歳。

ハリスの最後の言葉は、

「皆に伝えたいんだ。ビリー、イングリッシュ、ハート、エロイーズ、愛しているよ。ドワイトの事をよろしく。家に帰るよ、家に帰るよ。大丈夫、心配しないで。皆愛してる。神のご加護を。テキサス・レンジャーズ、テキサス・レンジャーズ」

であった。



《殺人数》
6人 (他1人負傷)

《犯行期間》
1999年11月29日〜2000年3月20日



∽ 総評 ∽

ハリスは8歳の時に父親が母親を殺害し、更にその父親が自殺するというこれ以上ない悲劇を目撃してしまった。

その事がハリスの精神を深く蝕み、破綻させたのは想像に難くない。

それについてはハリスに非はなく、同情の余地も十分にあるのだが、当然犯した犯罪が帳消しになる事も許される事でもない。

色々な殺人鬼が世の中にいるが、正直こういう輩が1番恐ろしい。

殺人の全てが身勝手でどうしようもない理不尽な逆恨み。

仮に自分が今働いている会社でこんな鬼畜がいて、自身のやらかしで解雇されたのに恨みを抱いて殺される。

とてもじゃないがこんなの死んでも死にきれない。

こういう輩には1mmも生きるチャンスを与えてはならないのでさっさと処刑して正解である。