
ナサニエル・バーケット (アメリカ)
【 1946 〜 2021 】
ナサニエル・バーケットは、1946年、アメリカ・ミシシッピ州ピカユーンで生まれた。
バーケットの生年月日だが、生涯を通じて様々な誕生日を使用した為、正確な月日は不明であった。
また、どのような環境で育ったのかなど不明な事がほとんどだが、幼少期にポリオを患い足を引きずって歩くようになった事だけはわかっていた。
成人になったバーケットは『Criptoe (跛行者) 』とあだ名で呼ばれるようになった。
1965年、バーケットはミシシッピ州とネバダ州ラスベガスを行き来し生活していた。
1976年から1979年の間に、バーケットは暴行や家庭内暴力、誘拐や強盗、強姦といった多くの犯罪を重ねた。
1978年4月22日、バーケットはラスベガスでバーバラ・アン・コックス (22歳♀) を強姦し絞殺する。
バーケットはコックスの裸の遺体を当時住んでいた場所に近い駐車場と壁の間に捨てた。
コックスの遺体はバーケットの恋人によって発見された。
その後、間もなく警察は犯行現場近くで酒に酔ってウイスキーボトルを持っているバーケットを見つける。
バーケットを怪しんだ警察は尋問を行うが、終始殺人とは何の関係もないと頻繁に口走った。
しかし、酔っ払い過ぎて話にならないと判断されたバーケットはアパートに連れ戻されそこで意識を失った。
結局、コックス殺害をバーケットとする決定的な証拠がなかった為、起訴される事はなかった。
コックス殺害後、バーケットはミシシッピ州へ戻った。
1982年4月12日、バーケットは母親ルビー・バーケット (56歳) にガソリンをかけ、火を付けて焼き殺した。
すぐにバーケットは逮捕され、殺人罪で起訴された。
しかし、殺人罪は後に過失致死罪に減刑され、バーケットは懲役20年が言い渡された。
1992年、バーケットは仮釈放となると、間もなくラスベガスに戻った。
1994年2月20日、バーケットはコックスを殺害した場所から1マイル (約1.6km) 足らずの場所で、ティナ・ゲイル・ミッチェル (27歳♀) を強姦し、首を絞めて殺害した。
バーケットはミッチェルの遺体を大量のタオルの下に隠したが、通行人により発見された。
同年5月14日、バーケットはアルシア・マリア・ウィリアムズ・グリア (32歳♀) を殺害する。
グリアの遺体はミッチェルを殺害した場所近くに隠した。
バーケットは1997年と1998年に2度、犯罪者としての登録と住所変更を怠ったとして逮捕された。
1999年8月19日、ブリジットミッチェル・トーマス (33歳♀) が行方不明となる。
このトーマス殺害は現在まで未解決事件となっているが、バーケットが第一容疑者とされており、犯人でまず間違いないと言われている。
2002年9月4日、バーケットはヴァレッタ・ジーン・ブースリー (41歳♀) をラスベガスの教会の裏に誘い出し拉致する。
その後、ブースリーの首を絞めて殺害した。
2003年3月、ブースリー殺害を目撃した人物が現れる。
その人物は獄中にいる囚人で、ブースリーが教会の裏にいてその後をバーケットがつけていたと告白した。
そして、10分後にバーケットが1人で立ち去るのを見たと話した。
警察は捜査の末にバーケットがブースリー殺害に関与した事を示す更なる証拠を発見した。
同年10月、バーケットは逮捕され、故意殺人の罪で起訴されると有罪判決を受けた。
バーケットはDNAサンプルの提出を義務付けられた。
2009年、6年間服役したバーケットは仮釈放され、故郷のミシシッピ州で生活を始めた。
同年、ラスベガス警察はアメリカの司法省から約50万ドル (約4500万円) の助成金を得ると、未解決事件の解決に乗り出し、全国のデータベースでDNA鑑定を開始した。
2010年、コックスの妹がラスベガス警察の未解決事件チームに電話をかけ、再調査を懇願した。
2011年、検査の結果、バーケットがコックスとミッチェルの殺人事件に関連している事が判明した。
この証拠を元に捜査を続け、2004年にバーケットから採取したDNAサンプルと照合すると見事に一致した。
2012年7月、バーケットはミシシッピ州て逮捕され、殺人罪で起訴される為ネバダ州へ送還された。
その後、バーケットは更にウィリアムズ殺害でも起訴され、計3件の罪で起訴された。
しかし、バーケットは無罪を主張した。
検察は死刑を求めたが、バーケットが認知症の初期段階にある事を知った後、死刑を取り下げた。
2018年、バーケットは2件の第二級殺人罪で有罪判決となり、懲役10年から終身刑の不定期刑が言い渡された。
2021年1月19日、北ネバダ矯正センターに収監されていたバーケットは、COVID-19の合併症により死去した。
《殺人数》
6人 (他犯罪多数)
《犯行期間》
1978年4月22日〜2002年9月4日
∽ 総評 ∽
20年以上に渡って犯行を続けたバーケット。
そんな長期に渡って犯罪を繰り返す事が出来たのも、全て司法の甘い判決が故である。
バーケットは子供の頃にポリオにかかり、その為跛行となっていたが、そんはハンデを背負った男がこれ程の恐ろしい犯行を繰り広げた。
それは母親を無残に殺害する程の異常振りであった。
正直、そんな男相手なら逃げる事も出来たのではないかと思えてならない。
もしかしたらテッド・バンディのようにハンデを利用して女性をおびき寄せる犯行に及んだのかもしれない (バンディの場合は怪我人を装っていただけで実際にはハンデは何もないが) 。
バーケットは最後、コロナによる合併症で死亡したが、この時代、コロナによって死んだ犯罪者は結構いた。
こういう病気も役に立つなと思える瞬間である。
コメント
コメント一覧 (8)
この黒人の男の記事、米深南部の歴史や時代背景が垣間見えてきますね。
成育歴がわからないので覚せい要因は不明ですが、深南部出身のポリオに感染した黒人の男。
くろんぼでびっこひいたかたわ(当時の表現)となると激しい差別を受けていたのは容易に想像できますね。
あだ名もびっこのネイサンですからね。
それでも、6人の殺害は許されんし、割引する理由にはならんが。
しかもぼけ老人だから死刑にならなかったらしいですね。
が、この男を地獄に送ったのは幼少期の流行り病のポリオと終末期の新興感染症で流行り病のコロナ。
感染症の流行や投薬の実験、刑務所などでできればいいなとおもいますね。
日本も「年寄りだから」という理由で減刑されたり酌量される事ありますが、未成年と一緒で情けをかける必要はないですね。
特に年寄りなんて未来がないんだからむしろ厳罰でいいぐらいです。
ハンデを悪用したのかはわかりませんがおそらく利用したと思います。
もし善意で近づいたのなら被害者も報われないですね。
只々愚かで哀れです。
そうなのでしょうね。
ハンデを利用したとしたらとても許せません。
そうですね。