
ジョセフ・ニッセンソーン (アメリカ)
【 1950 〜 】
ジョセフ・マイケル・ニッセンソーンは、1950年12月31日、アメリカ・ノースカロライナ州で生まれた。
ニッセンソーンの幼少期についてはほとんの知られていなかった。
家族はニューヨークのクイーンズへ移り、最終的にナッソー郡に移住した。
父親はニューヨークの警察官であり、元ニューヨーク市警の俳優エディ・イーガンとは同僚であった。
その為、幼い頃、ニッセンソーンはよくイーガンに車で送ってもらっていた。
ニッセンソーンは若くしてアメリカ海兵隊に入隊し、除隊後はヒッチハイクでアメリカ西部へ旅をした。
1960年代後半、ニッセンソーンはトラック運転手として働き始め、その後、20年間アメリカ各地を旅し、売春婦を買ったり薬物を使用したりしていた。
また、この間最初の結婚をし息子が生まれるが離婚している。
1980年代、シェリル・ローズという女性と出会い、1989年8月22日に再婚した。
1990年9月5日、ジョージア州アトランタのモーテルでニッセンソーンは逮捕された。
容疑は1989年5月3日にワシントン州レイクウッドで遺体で発見されたサリー・ジョー・ツァッガリス (46歳♀) の殺害であり、妻であるローズがこれまでのニッセンソーンの犯罪を全て証言した為であった。
ニッセンソーンは結婚後、レイクウッドに住みそこで多くの時間を薬物使用に費やした。
ニッセンソーンはサディストであり、ボンテージの為に様々な器具を購入しトラックの荷台に積んでいた。
ツァッガリスが殺害された日、ニッセンソーンはお金を払ってツァッガリスを家に連れ込んだ。
そして、2人で大量のメタンフェタミンを服用し、その後、性行為に及んだ。
ローズは行為の一部始終を見ており、ニッセンソーンが行為中にツァッガリスを拷問し、侮蔑し屈辱を与えた。
あまりの過激さに流石に耐えられなくなったツァッガリスが抵抗し始めると、ニッセンソーンは怒りナイフを取り出し2回刺した。
ローズはニッセンソーンの言われ遺体の処分を手伝い、カリフォルニア州サウス・レイク・タホに移住したと証言した。
また、サウス・レイク・タホに移住後、家出人のホームレス女性キャシー・グレイブスと出会い、ニッセンソーンとグレイブスは性的関係となり、2人でいるほとんどの時間を飲酒と薬物に費やしていたとも話した。
そして、同年8月10日にニッセンソーンはローズとグレイブスを森の中に連れて行き、ローズによるとそこでグレイブスを暴行し殺害したという。
ニッセンソーンとローズはカリフォルニア州から逃げてフロリダ州へ移った。
ニッセンソーンはローズに殺人について口外したら殺すと脅しており、1990年夏にニッセンソーンから酷い暴行を受け、逃げてホームレスシェルターへ向かった。
シェルターの住人が救急車を呼び、ローズが地元警察の尋問を受け、ニッセンソーンがツァッガリスとグレイブスを殺害した事を告白した。
また、ローズはニッセンソーンが他にオクラホマ州で2件、ネバダ州で1件、合計3件の殺人を犯した事を暴露した。
しかし、逮捕されたニッセンソーンはツァッガリス殺害で起訴されたものの、その他の殺人については全てローズの証言のみで証拠がなかった為、起訴される事はなかった。
1991年10月17日、ニッセンソーンはツァッガリス殺害で有罪となり、懲役25年が言い渡された。
2007年末、16年刑期を務めたニッセンソーンは2008年2月8日に仮釈放される予定であったが、1月29日にカリフォルニア州エルドラド郡の地方検事局はグレイブス殺害容疑でニッセンソーンを告訴した。
その結果、ニッセンソーンはピアース郡刑務所に移送され、カリフォルニア州への身柄引き渡しを待つ事となった。
同年10月、ニッセンソーンはモントレー郡検察局から更に2件 (ローズが証言したオクラホマ州の2件) の殺人容疑で起訴された。
その2件とは1981年6月24日にシーサイドの里親宅から家でしたタミー・リン・ジャーシュケ (13歳♀) とターニャ・ジョーンズ (14歳♀) であった。
同年9月9日、伐採業者が森林地帯で木に電線で縛り付けられた腐乱したジョーンズの遺体を発見し、更に捜索の末、ジャーシュケの白骨化した遺体も発見された。
2009年半ば、ニッセンソーンの身柄がワシントン州からカリフォルニア州へ引き渡され、2010年2月、裁判にかけるに十分な証拠があるかどうかを判断する予備審問が行われた。
検察側の主な証拠は、ニッセンソーンの親友であるジェシー・プリエトによる目撃証言で、プリエトは1981年後半に少女たちを拾ったと主張した。
プリエトによれは、6月25日、少女たちと酒と麻薬を共にした後、ニッセンソーンが少女たちを森林地帯へ誘い込み、そこで少女たちを殴打し、強姦すると首を絞めて殺害したという。
ただ、ニッセンソーンの弁護士はプリエトの証言を示す具体的な証拠はないとして訴訟の取り下げを求めた。
数週間に及ぶ法廷審問の後、スザンヌ・キングズベリー判事は7月に裁判を開くよう命じた。
モントレー郡とエルドラド郡の検察官は、両事件を1つの裁判に統合する動議を提出したが、ニッセンソーンの弁護士は反対した。
しかし、結局検察官の主張は認められた。
2013年11月、ニッセンソーンの裁判が開始されるが、検察側の主な証拠はプリエトと元妻ローズの目撃証言であった。
だが、裁判が始まった時点でプリエトもローズもすでに死亡しており、その為、検察は2人の証言を記録したテープを裁判所に提出した。
ニッセンソーンはジャーシュケとジョーンズ殺害を否定し、グレイブスに関しては元妻が麻薬を買いに出かけている間に殺害したと認めた。
ただ弁護士はローズの証言とグレイブスの殺害日時と方法について矛盾しているとして証言を無効にするよう求めた。
同年10月下旬、多くの矛盾点があったがニッセンソーンは陪審評決で有罪となり、同年12月11日、死刑判決が下された。
《殺人数》
4人 (他1人も濃厚)
《犯行期間》
1981年6月24日〜1989年8月10日
∽ 総評 ∽
元妻の証言により犯罪が発覚し逮捕されたニッセンソーン。
次々と凄惨な犯行が暴露されていく様は恐ろしさしかない。
元妻がいるのに強姦して殺害し、死体遺棄を手伝わせるというその犯行は鬼畜極まりない。
ニッセンソーンの犯行はわかっているのは4人の殺害と他1人容疑だが、おそらくもっと殺害していると思われる。
個人的にニッセンソーンの顔写真だけを見るとこれだけの陰惨な犯行を行ったようにはまるで見えない。
正直、パットしないしょぼくれたハゲのジジイでしかない。
人は見た目で判断できないという事である。
コメント
コメント一覧 (6)
私もニュースで見た時驚きました。
始球式とかも投げてましたよね。
逮捕時、首にタトゥー入ってましたけど何が遭ったんでしょうかね。
やはり子役で稼いだ収入に目がくらんだ両親がお金で争って離婚したとかでおかしくなったのでしょうかね。
しかし、見た目に反してとんでもなく凶悪な連続殺人鬼で強姦魔の性犯罪者。
元嫁さんの死体の片づけ手伝えと今嫁さんに命令するって狂ってるな。
しかも、別件がばれなきゃ確実に釈放されていたというのがね。
この禿頭の男の仮釈放も取り消され、死刑判決になっているのは本当に良かったです。
この禿頭の男、今年で御年75の老人ですが、早く死んでほしいな。
できれば自然死以外でね。
昔で言ったら「オヤジ狩り」にあってもおかしくないような見た目ですよ。
元妻はこんな凶悪な鬼畜のどこに惚れたんでしょうか。
そうですよね。
パッと見とても凶悪そうに見えませんよね。