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ラルム・プライス (アメリカ)
【 1972 〜  】



ラルム・プライスは、1972年6月27日、アメリカ・ニューヨーク州ブルックリンで生まれた。

プライスは子供の頃から精神障害を患い、また、薬物中毒であった。

そんなプライスは精神科施設へ2回入所を試みるがいずれも拒否され放置された。


1989年、プライスは初めての犯罪を犯し (確認されている犯罪歴) 、その後、強姦、暴行、武器の所持など合計8回逮捕された。

プライスの精神は悪化の一途を辿り、2001年9月11日に発生した同時多発テロ以降、更に酷くなっていった。

同時多発テロの数週間後に突然正気を失い、以降、殺人衝動が抑えられなくなった (後の母親の証言) 。

プライスは常に何かに怯えながら歩き、戦争に参加すると口にした。

また、誰かに尾行されていると確信しており、手に追跡装置を埋め込まれていると信じていた。


2001年10月6日、プライスはキングス郡病院センターで治療を受ける事となった。

その後、プライスはガールフレンドと同棲を始め、ガールフレンドはプライスの3人目の子供を妊娠した。

だが、失業中だったプライスは、大学の教科書を盗んで売り生計を立てていた。


2003年2月8日、プライスはニューヨーク・クイーンズのコンビニで、インド系ガイアナ人ジョン・フレディ (42歳♂) を射殺する。

フレディはコーヒーを飲んでいる時に射殺されたが、フレディはこのコンビニの向かいにあるスーパーマーケットで働いていた。

設置された監視カメラには、黒いコート、野球帽、フード付きスウェットシャツを着た男がフレディの耳の後ろから銃で撃つ様子が映っていた。

2時間後、プライスはブルックリンのミル・ベイスンにあるアラウンド・ザ・クロック・ミニマートで強盗を行い、店のレジ係として働いていたインド系移民のスクジット・サミー・カジャラ (50歳♂) を射殺した。

カジャラはフレディ殺害の際に使用されたのと同じ銃で顔面を撃たれた。

カジャラ殺害後、プライスはレジから169ドル (約2万円) を奪い、ゆっくりと店を出て行った。


同年3月10日、プライスはベッドフォード・スタイべサントにあるランドリーキング・スーパーストアで、店長であるウクライナ移民のアルバート・コティラー (32歳♂) を射殺した。

コティラーはブースで眠っていた所をプライスにわざわざ起こされ、そして頭部を撃たれたのだった。

プライスはランドリーに座りホットチョコレートを飲みながら通りの向かいにあるこの店を下見していた。


同年3月20日、プライスはクラウンハイツのフードマーケットで、イエメン移民のモハメド・アリ・ナシル (54歳♂) を射殺した。

ナシルは店の入り口近くの椅子に座っていたところを射殺された。

プライスはカウンター上のプラスチック製の仕切りの隙間から拳銃を突きつけ数発発砲した。

また、プライスは逃走する前にもう1人の従業員でナシルの20歳の従兄弟ヤクーブ・アルダイラムの腕、脚、胸を撃った。

アルダイラムは病院に搬送され、治療の末、一命を取り留めた。


同年3月28日、プライスは警察署を訪れ、一連の殺人犯を知っていると警官に告げた。

プライスは犯人は「ドッグ」という名の男だと告げるが、警察はこのプライスの証言を不審に感じプライスを疑った。

警察はプライスが内股の歩き方をしている事に気付き、これは犯行現場の監視カメラに映った犯人の歩き方と似ていた。

また、プライスは指名手配ポスターの容疑者にも似ていた。

警察はプライスの携帯電話番号を控え、翌日電話すると伝え帰らせた。

翌日、警察はプライスを呼び尋問すると、これまでの殺人を告白した (聖書を読んだ影響で自白に至ったと本人が述べている) 。

当初、警察は2003年3月1日に自動車店で殺害されたマーク・ザニケリもプライスによる犯行だと考えたが、後に犯人でない事が判明した。

逮捕後、コティラー殺害の前日である3月9日に、プライスは母親に助けを求めてウッドハル医療精神保健センターに連れて行かれたが、その夜に釈放されていた事が判明した。

警察はプライスの恋人の家を捜索し、ナシル殺害に使用された物と一致する拳銃を押収した。

また、プライスが犯行時、着用したとみられる野球帽、フード付きスウェットシャツ、ジャケットも押収した。

プライスは動機について、携帯電話に9.11同時多発テロへの復讐命令が届いた事だと主張した。

命令にはアラブ人を撃つよう促すバイブレーションを聞いたとも述べた。

コティラー殺害については、店内で洗濯をしないと椅子に座ってはいけないと言われた事に対して「失礼だと感じた」為だと主張した。

また、ナシルが外国語で話しているのを聞き、監視されていると感じた為、撃つ事を決めたと話した。

プライスは殺人4件と殺人未遂1件で起訴された。

プライスは地方検事局と罪を全て認める代わりに死刑を回避する司法取引に応じた。


2004年2月11日、プライスは有罪判決となり終身刑が言い渡された。

後に控訴するが棄却され、仮釈放の可能性がない懲役150年が言い渡された。


2024年11月、プライスはサリバン矯正施設の閉鎖に伴い、グリーンヘイブン矯正施設に移送されている。



《殺人数》
4人 (他負傷者1人)

《犯行期間》
2003年2月8日〜同年3月20日



∽ 総評 ∽

『Thrill Killer (スリルキラー) 』、『Sept.11 Killer (9月11日殺人者) 』、『Saturday Killer (土曜日の殺人者) 』、『.40-caliber Killer (.40口径殺人者) 』等と呼ばれ、アメリカ同時多発テロ事件の復讐と称して殺人を繰り返したプライス。

こういった動機によるシリアルキラーというのはかなり多い。

ただ、犯行理由を失礼だからとか外国語を喋ってたからとか、結局テロの復讐とかではなく個人の恨みや身勝手なものだという事がよくわかる。

勝手に恨みや復讐心を抱き犯行に及ばれてはこちら側としては防ぎようがないが、このプライスの犯行は間違いなく防ぐ事が出来た。

本人も自身が異常者であると認識しており、何度も助けを求めてるが、全て蔑ろにされ放置されてしまった。

正直、プライスの犯行を引き起こしたのは彼を拒んだり釈放した施設と言っても過言ではない。

このような何とか犯行を食い止める事が出来た、というような場合は本当に悔いが残るし悔やまれてならない。