
オレグ・テン (ロシア)
【 1975 〜 】
オレグ・イラリオノヴィッチ・テンは、1975年、ウズベキスタン共和国の首都タシケント (当時はソ連) で生まれた。
テンの初期の人生についてはほとんど知られていなかったが、国籍は韓国籍であった。
ソ連崩壊後の1990年代初頭、テンの家族はロシア・サンクトペテルブルクに移住した。
1990年代半ば、テンは結婚し3人の子供が生まれた。
テンは子供の教育に熱心であったが、テン自体は教育不足により低収入の仕事にしか就けず、その為、家庭は経済的に困難に陥っていた。
経済的に追い詰められていったテンは、病的な性的欲求を抱くようになり、エロティックなコンテンツの写真やビデオを閲覧し収集するようになった。
1999年、テンは幼児への猥褻行為により逮捕されるが、裁判には至らなかった。
2000年代初頭、テンはプーシキンにある中央内務総局の研修センターに入り、そこで法学を学んだ。
この頃、テンはギャンブル依存症になり、暇な時は賭博場で過ごした。
コースを修了した後、テンは法律の学位を取得し、サンクトペテルブルク内務省の市民間警備部門に就職した。
しかし、それでも裕福な生活を送る事は出来ず、しかもギャンブル依存症になっていた為、家庭は常に貧困に耐えていた。
また、ギャンブルの借金を返済する為に副業でタクシー運転手を行った。
2004年8月5日、テンは地下鉄のピオネールスカヤ駅でヒッチハイクしていた大学生 (18歳♀) を乗せた。
すると、途中で口論となり (理由不明) 、腹を立てたテンはソフィア・コワレフスカヤ通りの人里離れた場所に着くと、そこで大学生を車から引きずり降ろした。
そして、地面に押し倒すとナイフを取り出し、頭、胸、首を合計13回刺して殺害した。
殺害後、死体をバラバラにし、左胸を切り落とし近くの庭に遺体を捨てた。
2005年7月21日、カジノで負けたテンはむしゃくして町中を車で徘徊していた。
すると、会計士のナタリア・コセンコワ (24歳♀) が通りを歩いているのを目にする。
コセンコワが金の宝飾品を身に付けている事に気づいたテンは、それを奪って売ろうと考え、ドナウ通りにあるコセンコワのアパートまで尾行した。
エレベーターに乗ろうとしたコセンコワをナイフで脅して貴重品を渡すよう促した。
すると、コセンコワが反撃し、テンの頭部を瓶で殴った。
その事に激怒したテンはナイフでコセンコワの喉を切り裂いて殺害した。
殺害後、コセンコワの宝飾品、現金、携帯電話全てを奪い、最後に胸を切り裂き両目を抉ってその場から立ち去った。
コセンコワの隣人がテンが敷地から立ち去るのを目撃したが、警察にはテンの特徴を漠然としか語る事が出来なかった。
その後、テンは警察に呼び止められ、容疑者の顔写真と一致した為、尋問が行われたが証拠不十分で釈放された。
釈放はされたが念のため警察はテンの詳細を犯罪者データベースに登録した。
同年12月11日、テンはピオネールスカヤ駅でタチアナ・ビクトゥガノワ (21歳♀) を拾った。
ビクトゥガノワは友人達が待っているフィンランド駅まで向かうよう指示した。
しかし、テンは人里離れた場所に車を走らせると、ビクトゥガノワをナイフで襲い、何度も刺し最終的に喉を切り裂いて殺害した。
その後、ビクトゥガノワが持っていた現金と携帯電話を盗んだが、携帯電話は自分の為に使用する事にした。
2006年1月16日、別のタクシーの運転手がテンの車両後部座席に血痕らしきものを発見し、すぐに警察に通報した。
テンはすぐに逮捕され、所持品を調べたところ、ビクトゥガノワの携帯電話を持っているのを発見した。
その事を問い詰めると、テンは最近2人の若い女性を乗せたが、その内1人が後部座席に携帯電話を忘れ、誰かわからないので売ろうとしたと主張した。
しかし、警察はテンの発言を疑い、ビクトゥガノワについては告訴しない事を条件に、コセンコワ殺害について尋問した。
すると、テンはすぐにコセンコワ殺害を自白し、その詳細を説明した。
ただ、ビクトゥガノワの遺体を捨てた場所については思い出せないと話した。
テンはコセンコワ殺害で起訴された。
同年4月3日、ビクトゥガノワの遺体がサンクトペテルブルクのプリドロジュナヤ通り沿いにある家と家の間で発見され、遺体からテンのDNAが見つかると、ビクトゥガノワ殺害でも起訴された。
2007年1月、裁判が始まり、同月25日に2件の殺人で有罪判決となった。
同年2月1日、テンには終身刑が言い渡された。
判決後、テンは刑が重すぎるとしてロシア連邦最高裁判所に上告した。
同年4月13日、ロシア連邦最高裁判所は裁判所の判決を支持した。
テンは凶悪犯罪者が多く収容されている「Polar Owl colony」に移送された。
2019年、テンは2004年の少女殺害について告白した。
2021年7月7日、少女殺害の捜査が開始されると、テンはサンクトペテルブルクに戻され、少女殺害の詳細と遺体を捨てた場所の説明を行った。
また、少女の乳房を切り取った事について問われると、何故そうしたのか自分でもわからないと述べた。
2022年2月8日、テンは少女殺害で更に懲役12年6ヶ月が追加され、再び「Polar Owl colony」に戻された。
テンによる判明した犠牲者は3人だが、実際はもっと多いはずだと内務省は考えていた。
2000年代初頭、プーシキンのアレクサンドロフスカヤ駅からほど近い場所で、数人の少女が残忍に殺害されるという連続殺人事件が発生しており、未解決事件となっていた。
事件が発生していた時期、テンは総務局の訓練センターで教育を受けており、常にアレクサンドロフスカヤ駅を利用し帰宅していた。
サンクトペテルブルク捜査委員会は、今後、テンが多くの殺人を告白する可能性が高いと述べている。
《殺人数》
3人 (もっと多い可能性大)
《犯行期間》
2004年8月5日〜2005年12月11日
∽ 総評 ∽
『The Policeman Maniac (狂った警察官) 』または『The Wolf in Sheep′s Clothing (羊の皮を被った狼) 』等と呼ばれ、少なくとも3人の女性を残忍に殺害したテン。
テンは韓国籍であり、当時のソ連領であるウズベキスタンで生まれ育った。
両親がすでに住んでいたのは間違いないが、どういう経緯で住み始めたのかはわかっていない。
テンがどのような学生生活を送っていたのか詳細はないが、当時なら余計にアジア人という事でバカにされいじめられた可能性は高い。
もしそうならばそれがテンの精神を歪ませた可能性も否定出来ない。
テンによる確実な犠牲者は3人だが、関係者はもっと多くの殺人を犯していると考え捜査を続けている。
実際、テンが住んでいた地域で少女連続殺人事件が発生しており、現在も未解決事件となっている。
犯行の残忍性や狂気性を考える10人以上手にかけていてもなんら不思議ではない。
(判明している) 最期の事件は、容疑者の顔写真と一致しているにもかかわらず、証拠不十分の為、釈放された後に起こった。
この時、拘束してしっかりとした捜査を行えばおそらく殺される事はなかったであろう。
いつも思うだが、限りなく怪しいのなら安易に釈放などせずもっと真剣に尋問するなどして対処して欲しいものである。
コメント
コメント一覧 (14)
モスクワに住むスラブ系を頂点として、日本同様に中央集権的ですが、
何せ国土が余りに広過ぎて、国内のニュースも海外の話みたいな感覚だそうです。
ウズベキスタン人はコーカソイドですが、モンゴロイドの血も入っており、
安全に旅行出来る国ではないものの、日本人客が差別される事はないと思います。
ただ、マイノリティという事で、孤独を埋める為に何かに依存したかったのだと思います。
当時のインターネットって日本でも無法地帯ですが、ロシアは経済制裁もあって、
今でも違法コンテンツ(海賊版映画)で溢れているそうですからね。
インターネット自体は悪ではありませんが、孤独に追い詰められたテンにとって、
そういうコンテンツは雷に打たれたような衝撃で、性癖を歪ませ、
悪なる要素を開花させるには十分だったのかも知れません。
そうなんですね。
確かに国土の狭い日本だって北海道と沖縄とでは異国の地みたいな感じですからね。
ロシアの広さを考えれば普通の事でしょうね。
そうでしょうね。
この鬼畜には所詮その程度の考えでしかなかったのだと思います。
確かにいそうですね。
こういう輩の厄介な所は勝手に憎しみや怒りを増幅させて気付いたら無差別殺人を犯すという事ですね。
対処のしようがない。
冤罪事件ですか、今度調べてみます。
身勝手どうしようもないイカれ外道じゃあるけど、そいつを進化させてるのは捜査機関がこいつに餌をやっていることなんですよね。
ロシアと朝鮮系のイカれ度合いがミックスしているだけに事件のおぞましさはすごいな。
露内務省の見立てを私も信じますね。
おそらく3人どころじゃ済まんという見解は。
父子で5十年のアサド政権、とうとう崩壊したな。
高跳びするだろと思ってたらやっぱり露に高跳びしたか。
アサド親子、掲載していただけたら嬉しいですね。
統治方法のや内戦の残酷さに私は衝撃を受けたので。
確かに凄い国同士がコラボして出来た異常者ですね。
犯行の内容を見る限り3人というのはまずあり得ないでしょう。
オレグ・テンが韓国籍ではなく
スターリン時代に中央アジアへ
追放された高麗人の末裔という可能性は
ないんですか?
あるかもしれませんね。
家族の詳細がないのでわかりませんが。
「とうとう中央アジア出身のキ○○イが久し振りに出て来たか...?」
と知的好奇心が僅かほど疼いたのですが、まさかの韓国籍だったとは......
韓国籍の人間や朝鮮半島出身の人物というのは、何でこうも呆れるほどに
ドタマの螺旋が数十本も軽くブッ飛んでる輩が多いんでしょうか?
特に済州島地域出身はバチクソ酷過ぎる(済州島は朝鮮半島の方とは違って、混血民族という点が元で、気性の激しさに於いては「モンゴル系のDNAの特性が強く現れている」等の特徴があると聞いた事がありますが、近親相姦とかの話も所々で見聞きするので若しかしたらその影響なのかと個人的に疑ってる面も残ってます)
>1
ウズベクはコーカソイドというよりかはテュルク(トルコ)系の民族であるそうです。カザフやトルクメン、キルギスやアゼリー(アゼルバイジャン人)もテュルク系の民族とのこと(但し、カザフの場合はモンゴル系との混血が進んだ為、見た目はモンゴル人っぽく見える存在が多いんだそうです)。
逆にアルメニア、ジョージア辺りがそのコーカソイドの特色を出しているようで。
1つ目ですが、2006年にボリビアで発生した「ゴースト・レイプ事件」の通称を持つ性犯罪事件を取り上げて頂けないでしょうか?
同国のサンタクルス県にある『マニトバ居住区』と呼ばれる区域にて、「メノナイト」というキリスト教のアナバプテストの教派が作ったコミュニティで起こった事件であり、150人が犠牲となったという凄惨な話です。
(「ウーマン・トーキング 私たちの選択」というタイトルで映画化され、去年2023年に日本でも公開されている点から恐らくご存知の方もいらっしゃるかと思います)
2つ目は、カナダで起こったバスジャック事件です。
2008年に同国のマニトバ州で発生した事件で、事件が発生したバスに乗車していた客のカナダ人青年が偶々同じバスに乗り合わせていた人物によって無惨に殺され、その身体を切り刻まれて食されたり首を切断されて生首で晒される等の被害を受けたというものです。
犯人は中国人の男で精神障害を患っていたとされており、結果的に逮捕されて裁判で判決を受けているものの、刑事責任能力なしとされて無罪扱いとなっています。
但し、その男は自分が起こした事件の重大さに気付いて良心の呵責で苦しみ続けているとのことで、現在も悔恨の念に駆られる日々を過ごしていると言われているそうです。
民族性と一言で片付けるのはダメですが、考え方が極端なのでこういった事になるのかもしれませんね。
2つの事件ですが、今度調べてみます。
ウ・露戦争でもロシアが北朝鮮の兵士を派遣しているけど、以前掲載のベトナム戦争時に派越の韓国軍のとんでもない蛮行を紹介しているだけにおぞましくなったな。
ここでも一部掲載されている事件はあるけど、どれも濃ゆい事件ばっかりでした。
コリョ・サラムのこいつによる事件もやっぱりレジェンドと同じくらい濃ゆくていかれてますな。
3人はこいつと断定できるけど、丙や丁といった未遂も数多いると思いますね。
子供をわいせつした前科持ちの性犯罪者でもある点を考えると。