Screenshot_20240420-172052~2
マイナ・ラムル (インド)
【 1976 〜  】



マイナ・ラムルは、1976年、インド・テランガーナ州アルトラで生まれた。

ラムルは成長すると石切りの仕事に就いた。

ラムルは21歳の時、家族が決めた相手と結婚する。

しかし、結婚式を挙げてから数ヶ月後、妻は別の男性と駆け落ちしてしまう。

この出来事でラムルは女性に対して嫌悪と憎悪を抱くようになる。


2003年、ラムルは殺人を開始する。

ラムルの手口は酒場で独身女性を見つけ、一緒に酒を飲もうと誘い、女性に散々酒を飲ませて酩酊状態にし、他の客が帰った後に絞殺するというものだった。

そして、女性が所持していた貴重品を盗んだ。


2009年9月、女性を殺害したラムルは同年10月14日に酒場で逮捕された。

ラムルは2003年から逮捕される2009年の間に、実に9人の女性を殺害した事がわかった。

警察はラムルの家から女性の銀製の指輪4個、オートバイ2台、携帯電話1台などを押収した。

ラムルは殺人を告白するが、酩酊状態で無意識に犯してしまったと主張した。


2011年2月21日、ラムルは殺人罪で有罪となり終身刑が言い渡された。

ラムルは刑期を全うする為に中央チェラパリ刑務所に移送され、治療の為に精神病院に入院した。


同年12月、ラムルは他5人の受刑者と共に病院から脱走する。

逃亡したラムルは、ボーウェンパリー、チャンダ・ナガー、ダンディガルそれぞれの地で殺人を犯し、合計5人の女性を殺害した。


2013年5月13日、ラムルはボーウェンパリー警察に逮捕され、刑務所に送り返された。


2018年、ラムルは釈放された。

釈放されたラムルはジャミルペットとパタンチェルーで更に2人の女性を殺害した。

その後、再度逮捕されたラムルは刑務所に送られた。


2020年、ラムルはテランガーナ高等裁判所に控訴し、同年7月31日、釈放された。


同年12月10日、ラムルはバラナガーの酒場でとある女性 (35歳〜45歳くらいで身元不明) と出会う。

性行為と引き換えに金銭を支払う事を申し出た後、2人は人里離れた場所に行くとそこで女性の首を絞めて殺害した。


同年12月30日、ラムルはジュビリー・ヒルズの酒場で、カバラ・ヴェンカタママ (50歳♀) と出会う。

その後、2人はアンカスハプールの人里離れた場所に行き、そこでラムルはヴェンカタママを岩で殴り殺した。

2人の女性の遺体が発見された後、ハイデラバード警察とラチャコンダ警察は犯人逮捕の為の特別対策本部を結成した。

そして、捜査の後、2人の女性と一緒にいる男性の様子を映した監視カメラの映像を入手し、その男性がラムルと特定された。


2021年1月26日、ラムルは逮捕され2件の殺人罪で起訴された。



《殺人数》
18人 (2020年の2人はまだ裁判中)

《犯行期間》
2003年〜2020年12月30日



∽ 総評 ∽

ラムルは2003年〜2009年の間に9人、2012年〜2013年に5人、2018年に2人、2020年に2人 (この2人はまだ裁判中なため確定していない) と、4期の期間が存在する珍しいシリアルキラーである。

ラムルのこのような犯行を可能足らしめたのは、完全に司法である。

インドの近年の成長は著しく、人口も中国を抜いて世界1位となったが、司法はというと正直ゴミ以下と言わざるを得ない。

インドはこれまで何人も紹介してきた通り、かなり強烈なシリアルキラーが存在する。

それなのに司法が酷い。

インドの司法が最悪であると世界に示した事件に有名な強姦事件がある (以前紹介) 。

被害者に落ち度があると言い放った鬼畜司法であり、世界にはまだこんな事があるのだと驚かされたものである。

インドは過去にカースト制度というのがあり、一応、法律上は禁止となっているが、国民の中にはまだ根強く残っている。

その影響なのかわからないが、男尊女卑が強く、正直、根本を変えなければまた同じ事を繰り返すだけだろう。