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アーネスト・ジョンソン (アメリカ)
【 1960 〜 2021 】



アーネスト・リー・ジョンソンは、1960年8月20日、アメリカ・ミズーリ州スティールで生まれた。

母親はアルコール中毒や薬物乱用の問題を抱えており、その為、ジョンソンは胎児性アルコール・スペクトラム障害を患っていた。

ジョンソンはミズーリ州チャールストンの祖母によって育てられた。

ジョンソンは若い頃から母親同様薬物乱用に苦しみ、それは成人しても変わらなかった。

成人したジョンソンは強盗で逮捕され刑務所に収監される。


1993年5月、ジョンソンは仮釈放された。


1994年2月12日朝11時、ジョンソンは頻繁に利用していたミズーリ州コロンビアにあるコンビニエンスストアでビール1本とタバコ1箱を購入した。

そして、ジョンソンはその店をもう1度訪れるが、その時は何も買わなかった。

ただ、ジョンソンはレジ係の従業員に、次のシフトて誰が入っているのか尋ねた。

レジ係はジョンソンに、メイベル・スクラッグス (57歳♀) が午後5時から入っており、店は午後11時に閉店する事を告げた。

店を去ったジョンソンは、午後5時のシフトチェンジの直前、4度目の来店を行った。

レジ係の女性はシフト交代の前に、売上金を店の金庫に閉まった。

その時、女性はジョンソンがじっと見つめている事に気づいたが、特に何もしなかった為、気にとめなかった。

ジョンソンはガールフレンドの家に行き、ガールフレンドの18歳の息子ロドリゲス・グラントから20ドル (約2000円) のクラック・コカインを購入した。

更にジョンソンは、グラントに数週間前に渡した.25口径の銃を貸して欲しいと頼んだ。

グラントはジョンソンに銃を渡し、裏庭で試射を行った。

しばらかしてジョンソンは服を重ね着し、顔にマスクをして家を出ると、11時前にコンビニエンスストアに到着した。

ジョンソンは金庫の中の売上金を要求するが、従業員のメアリー・ブラッチャー (46歳♀) が金庫の鍵を破壊しようとした。

その事に激怒したジョンソンは、同じく従業員のフレッド・ジョーンズ (58歳♂) とスクラッグスを撃ち、最後はクローハンマーで撲殺した。

ジョンソンは残ったブラッチャーの頭をドライバーで突き刺して殺害すると、3人の死体を店のバスルームとウォークインクーラーに保管した後、現場から逃走し、所持品は近くの畑に捨てた。

午後11時45分頃、ジョンソンがガールフレンドの家に戻り、裏口から入ると階下のグラントの部屋に入った。

ジョンソンはグラントに銃を返すが、この時、ジョンソンは顔や服に血が付着していた。

その後、ジョンソンは靴を洗い、血の付いた服を脱いでゴミ袋に入れ、グラントに処分を頼んだ。

警察にコンビニエンスストアで銃声を聞いたという通報が入り、日付が変わった午前1時12分、警察官がコンビニエンスストアに向かった。

まだ店内は明かりがついていたが、警察官がレジが開いており、金庫が床の真ん中に置かれているのを見つけた。

また、玄関の鍵に血痕が付いているのも発見した。

店内に入ると、バスルームで2人の死体と、.25口径の薬莢を発見した。

もう1人の遺体はウォークインクーラー内で発見され、金庫の中は空であった。

捜査の末、すぐにジョンソンは逮捕され、3つの殺人罪で起訴された。


1995年5月19日、ジョンソンは3件の第一級殺人で有罪となり死刑が言い渡された。


2008年、ジョンソンは脳に腫瘍が見つかり、除去する為の手術が行われた。

手術により腫瘍は摘出されるが、腫瘍を除去した際に脳の一部も取り除いてしまった為、ジョンソンは癲癇 (てんかん) 発作を発症するようになった。

ジョンソンは注射による死刑執行は苦痛な発作を引き起こす恐れがあると、代わりに銃殺刑を要求した。

しかし、ミズーリ州はそもそも銃殺での死刑を認めていない為、ジョンソンの要求は拒否された。

また、ジョンソンは手術により脳組織の20%を失ったと推測されており、執行に至ってIQの低さが問題とされた。

ただ、ジョンソンは手術前からすでにIQが67から77の範囲内であり、知的障害レベルであった。

ジョンソンの死刑執行が近づく中、弁護士はジョンソンには知的障害がある為、死刑執行は憲法修正第8条に違反すると主張した。


2021年8月31日、最高裁判所は弁護士の知的障害と、薬物注射による痛みを伴う発作を引き起こすという両方の主張を棄却した。

ジョンソンの事件は広くメディアの注目を集めていた為、多くの議員や法王等からマイク・パーソン知事に恩赦の請願が行われた。

また、多数の反死刑活動家達によってブーン郡裁判所の外で死刑執行に抗議し、死刑執行を中止するよう請願を求めた。


同年10月4日、パーソンはジョンソンへの恩赦を拒否し、死刑執行は予定通り行うとの声明を発表した。


同年10月5日午後6時11分、致死量の注射による死刑が執行された。

享年61歳。

執行直前、ジョンソンは最後の声明を読み上げ、自身の行為を謝罪し、友人や家族への愛をくり返述べ、自分の為に祈ってくれた人々への感謝を示した。

また、ジョンソンの最後の食事は、ダブルベーコンチーズバーガー2個、オニオンリング、ビッグサイズのストロベリーミルクシェイク2個、ピザ1枚であった。



《殺人数》
3人

《犯行期間》
1994年2月12日



∽ 総評 ∽

アメリカでは死刑執行直前まで、執行を停止させる請願や恩赦が行われる。

残念ながらそれが通ってしまう例もあるが、知事の権限でそれは拒否出来る。

知事の権限が強いのが救いだが、ギリギリまで死刑執行を停止させようとする輩たちは一体何なのだろうか。

そこまで死刑を反対するメリットや意味が反対する人たちそれぞれに何をもたらすのだろうか。

死刑を反対する人達は、執行される犯罪者しか見ておらず、被害者や遺族の事を何も考えていない。

被害者や遺族が「死刑廃止」を唱えるのならわかるが、全く関係ない第三者が何をごちゃごちゃ言ってるのか。

申し訳ないが全く関係のない人間には死刑を反対する権利も資格もない。

1つ腹立たしいのは、死刑を反対するという行為や発言は、一般的に良い事をやっているように思われてしまう事だ。

死刑に対して何の感情もない人が「死刑は残酷だ!反対」と聞くと「そうだな」と流されてしまう恐れがある。

日本もそうだが反対派は今一度、死刑の意義と必要性をしっかり理解して欲しいものである。