
ウェスリー・パーキー (アメリカ)
【 1952 〜 2020 】
ウェスリー・アイラ・パーキーは、1952年1月6日、アメリカ・カンザス州ウィチタで生まれた。
幼少の頃、パーキーは家の世話係から痴漢行為と性的虐待を繰り返し受けた。
14歳の時、パーキーは脳障害の可能性があるとして検査を受けた。
パーキーは1968年、1972年、1976年と複数回の外傷性脳損傷を負った。
パーキー18歳の時、統合失調症と統合失調感情障害、そして、反社会性人格障害、うつ病と診断された。
1970年、パーキーは強盗罪で有罪判決を受け、刑務所に収監された。
パーキーは仮釈放となり釈放されるが、仮釈放違反を起こし再び刑務所に戻された。
1980年、再び仮釈放となるが、パーキーは友人と共にウィチタで強盗を働き男性に銃を突きつけた。
パーキーは男性の頭を2発撃ち逃走するが、男性は奇跡的に一命を取り留めた。
パーキーは暴行、誘拐、強盗の罪で懲役15年から終身刑の不定期刑の判決を受けた。
刑務所に収監されたパーキーは、受刑者に2回刺され、そのうち1回は麻薬取引を巡ってだった。
1986年、パーキーは刑務所で問題を起こさなくなり、刑務所内のペンキ工場で真面目に働いた。
パーキーはコミュニティ・カレッジで文学の準学士号を取得し、断酒会に入会した。
また、薬物、アルコール、精神衛生それぞれのカウンセリングを受けた。
1992年、カウンセラーがパーキーを「典型的な精神病質者であるが、学歴と知性が反社会傾向を緩和している」と評価した。
1996年、カウンセラーが「パーキーは刑務所での時間を生産的に使い、人生を立て直そうとしている」と結論付け、翌年、パーキーの家族と友人たちはカンザス州仮釈放委員会にパーキーは成熟し、自由になる準備が出来ていると主張し、釈放を求める手紙を送った。
しかし、警察や検察、パーキーの以前の被害者たちは釈放に強く反対した。
彼らはパーキーは余生を刑務所で過ごすべきだと仮釈放委員会に訴えた。
だが、仮釈放委員会はパーキーは服役中も十分な進歩があったとして、この訴えを退けた。
1997年3月、パーキーは17年間の服役を終え、釈放された。
1998年1月22日、パーキーは配管工事会社の面接を受ける為、カンザス州ランシングの自宅からミズーリ州カンザスシティへ車で向かった。
面接後、パーキーはクラック・コカインを吸引し、白いフォード・ピックアップ・トラックで通りを徘徊した。
すると、ジェニファー・ロング (16歳♀) という16歳の少女が歩道を歩いているのを目撃する。
パーキーは車を停め、ロングに話し掛けるとパーティに行かないかと誘った。
ロングは同意して車に乗り込み、2人は酒屋に行き酒を買った。
しかし、ロングが車から降りたいと言い出した為、パーキーは骨抜きナイフを取り出しロングを脅した。
2人はカンザス州のパーキーの自宅に戻ると、ロングを地下室に連れ込み、服を脱がせて強姦した。
その後、ロングが逃げようとした為、パーキーはロングを掴むと、胸、顔、首を何度も刺して殺害した。
ロング殺害後、パーキーは遺体を工具箱に詰め、地元のバーに行って何時間も酒を飲んだ。
そして、家に帰る前に電動チェーンソーを購入し、それから数日間かけてチェーンソーでロングの遺体をバラバラにした。
細かく裁断した遺体を袋に分け、1つずつ暖炉で燃やし始めた。
しかし、骨を完全に燃やす事が出来なかった為、パーキーは手で砕いた。
全てを燃やした後、暖炉に残った遺骨と灰を持ち出し、カンザス州クリアウォーターの浄化槽に捨てた。
その後、パーキーは義理の子供たちに漂白剤で地下室を掃除するのを手伝わせた。
ロングの母親は家に帰らない娘を心配し、友人や知人、親戚に連絡するが誰も居場所を知らなかった。
母親が警察に通報すると、警察は最終的にロングを家出人としてリストアップしたが、家族はその家出人としての対応に納得いかなかった。
ロングの家族はチラシやポスターを貼ったが手がかりを得る事が出来なかった。
同年10月26日、配管工として働き始めたパーキーは、カンザス州カンザスシティでポリオに罹患した未亡人メアリー・ルース・ベイルズ (80歳♀) の家に呼ばれた。
パーキーはベイルズの家の蛇口を修理するのに呼ばれたのだが、すぐに金を払えば仕事をすると申し出る。
ベイルズは同意し、パーキーに現金を渡した。
パーキーはベイルズの家を去り、そのお金で売春婦を雇い、クラック・コカインを購入した。
パーキーは売春婦とモーテルに行き、数時間性行為に及び、タバコを吸って過ごした。
翌朝、2人は車でベイルズの家に向かい、会社のバンから工具箱を持って家に入った。
その後、パーキーはベイルズに襲い掛かり、寝室で金槌で殴り撲殺した。
後にベイルズの死因は頭蓋骨を数回殴打した事による鈍的外傷と判明した。
ベイルズを殴り殺した後、パーキーと売春婦は数時間その家に残り、クラック・コカインを吸い、冷蔵庫の中の食べ物を食べた。
同年10月28日、パーキーはガソリンを持ってベイルズの家に戻り、犯罪を隠蔽する為に家に火をつけて燃やそうとした。
しかし、不審に思った隣人が警察に通報し、警察が到着する前にパーキーはその場から逃走した。
警察はベイルズの家に入り、ベイルズの遺体を発見する。
近隣住民が家の外に停まっていた水道工事会社のバンを見たと報告し、警察はすぐに調査を開始する。
同年10月29日、警察はパーキーを容疑者として特定し、翌日の30日、パーキーは家を出た所を逮捕された。
同年12月15日、裁判を待つ間、パーキーはビル・ハワード刑事に手紙を送り、その年の初めに起きた未解決の誘拐殺人事件について話したいと書いた。
パーキーはまた、ハワードにFBI捜査官を連れてくるように頼んだ。
パーキーはベイルズ殺害で終身刑が確定しており、連邦刑務所で服役する為に連邦裁判所で有罪判決を受けたいと言った。
というのもパーキーは連邦刑務所での生活の方が通常の刑務所よりも快適であると考えての事だった。
ハワードはFBIのダーク・タープリー捜査官にパーキーに会う為に一緒に来て欲しいと頼んだ。
同年12月16日、ハワードとタープリーはパーキーと面会した。
パーキーは連邦刑務所で終身刑になるのであれば、2度目の殺人を認めても構わないと述べた。
パーキーはとある女性 (ロング) を誘拐し、ミズーリ州からカンザス州の自宅まで連れ帰り、強姦して殺害したと話した。
ただ、連邦裁判所で起訴される保証がない限り、これ以上詳細を話す事はないと述べた。
ハワードとタープリーはパーキーの自白に懐疑的であったが、連邦検事補カート・サヌークはパーキーが更に協力し、自白を裏付ける遺体などの証拠を提出すれば連邦での起訴も可能だと述べた。
その後、数日間パーキーは手書きと口頭による自白を行い、ハワードとタープリーを犯行現場とロングの遺体を処理した浄化槽に案内した。
パーキーは遺体を処分するためにとった措置の為、ロングの遺骨はおそらく回収出来ないと言った。
警察官がパーキーに行方不明者リストを見せると、パーキーはすぐにロングを特定した。
2000年3月、パーキーはワイアンドット郡地方裁判所において、ベイルズ殺害の第一級殺人罪と強盗罪を認めた。
同年4月28日、パーキーは32年間仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。
パーキーは殺人当時はコカインでラリっていたと述べ、
「この醜態で無意味な殺人に対する後悔の念は言葉では言い表せない」
と謝罪した。
しかし、それを聞いたベイルズの孫は、パーキーの供述を「お涙頂戴」だと非難し、
「彼は自分以外の全ての人を非難した」
と述べた。
2001年10月10日、連邦検察はロング殺害と誘拐でパーキーを起訴した。
パーキーの望み通り連邦裁判所で起訴されたが、パーキーの望みは連邦裁判所での起訴であり、量刑に関しては特に何も話していなかった。
というのもパーキーは自白すれば終身刑になると勝手に思っており、連邦検察はパーキーに死刑を追求すると発表した。
2003年10月、パーキーの裁判が始まり、ロングの殺害を認めたが、誘拐は否定した。
2004年1月23日、パーキーは正式に死刑が言い渡された。
連邦刑務所で終身刑となってのんびり生活しようと思っていたパーキーの思惑は脆くも崩れる事となった。
2019年7月、連邦政府は2003年のルイス・ジョーンズの死刑執行以来、およそ20年の空白期間を経て、死刑執行が復活させると発表した。
パーキーは連邦死刑囚5人の内の1人に選ばれ、2019年12月13日に執行が予定されていた。
2019年11月20日、連邦地裁のターニャ・チュトカン判事は連邦での死刑執行の再開を阻止する仮差止め命令を出すが、2020年4月、その差止めは取り消された。
パーキーの死刑執行日は2020年7月15日に再設定された。
しかし、執行当日の朝、パーキーが認知症であるとの主張により、判事は死刑執行を停止した。
パーキーの弁護団は、アルツハイマー病を患っており、死刑を執行するのに十分な精神状態にないと主張した。
同年7月16日、連邦最高裁判所は5対4の判決を下し、連邦政府は死刑執行を指示した。
同日未明、パーキーには致死量の注射による死刑が執行された。
享年68歳。
パーキーの検死を行うと、肺水腫が見つかり執行中に発症した事がわかった。
この方法で執行された囚人は溺れそうになったり窒息したりする感覚を経験するだろうとヴァン・ノーマン教授は述べた。
ノーマンは
「それは人間が知っている中でも最も耐え難い感情の1つである」
と述べ、パーキーと同じ方法で処刑された囚人は極度の痛みと苦しみを経験するだろうと語っている。
《殺人数》
2人
《犯行期間》
1998年1月22日、同年10月27日
∽ 総評 ∽
『The Claw Hammer Killer (釘抜きハンマー殺人者) 』と呼ばれ、2人を殺害したパーキーだが、むしろよく2人で済んだと思う鬼畜振りである。
ロング殺害は強姦目的で、ベイルズ殺害は金銭目的という自らの欲求の為なら殺人に躊躇がない恐ろしさである。
ロングがこれ程異常になったのは子供の頃の虐待もそうだが、頭を何度も打ったのが原因と思われる。
ただ、今回は間違いなく仮釈放を許した委員会と、パーキーが治ったと判断したカウンセラーの責任である。
散々犯罪を犯してきて「私は異常です」とアピールし、司法もそれに答えて終身刑にしたのに、何故、釈放してしまうのか。
しかも、警察や検察、被害者たちが強く反対しているのにである。
事件を知った時、カウンセラーと委員会は何を思ったのであろうか。
だが、最後は司法取引に応じて連邦刑務所での終身刑を望み、その通りになると踏んでいたのに死刑となり執行された。
「ざまあみろ」と言いたくなる終わりである。
コメント
コメント一覧 (10)
役満みたいなキチガイて面白い表現ですね。
私も今回ばかりは流石にカウンセラーは酷いと思います。
所詮他人事だからですが、自分の家族とか殺されないと罪の深さはわからないですね。
いつも思うのですがなんでそんな極論になるんですかね。
まあある程度過激な事を言わないと注目されないからだとは思いますが。
罰則をもうけないから安易に釈放なんて考えるのです。
もし、罰則があるならもっと真剣に考えると思いますよ。
パーフェクト・マッドマンの釈放に賛成したアホたちはどんな考えだったのでしょうね?
こいつによって深刻な後遺症を負わされた男性のことは考えてなかったんでしょうね。
ハコの中のハコ仕草が完璧にでき、ハコの中のルールを守れてるから模範囚っておかしくないかと思います。
性犯罪や利己的な理由の人殺しは死刑相当囚と判断し、どうしても釈放しなければならない場合は犯行内容や個体識別番号を公開(収容時から)。
個体識別のチップの埋め込みと個体識別の番号の入墨(入所時に)。
住み込みの外道専用の施設に住まわせる。
作業は死亡や感染症のリスクの高い労働を持ってきてしてもらう。(清掃や溝さらいなど)
それくらいの対策は必要です。
死刑が確定している死刑囚は曜日を決めてベルトコンベア式に執行。
一定の懲役が確定している懲役囚は死刑相当とされる懲役囚は自動的に死刑判決にする。
私は死刑相当囚の処刑方法は法律で保護すべきものも多いかと思います。
刑務所内での私刑や刑務官の安全が保障されているうえでの殺し合いは容認、推奨すべきかと。
また、重犯罪者の刑務所は法律が通じない場所であるというのを明記すべきです。
仰る通りですね。
そもそもろくでもない人間ばかりの刑務所での行いが良いだけで、普通の社会ではまともに生きていけないゴミクズのような輩ですよ。
太古の顔に刺青を入れるというのは理に適ってますよね。
見た目でヤベーやつだってわかりますし。
確かに見てて良い気分になりますね。