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ネイサン・ボーカム (アメリカ)
【 1987 〜  】

ジャスティン・ボーカム (アメリカ)
【 1987 〜  】



ネイサンとジャスティンは、ウィリアムとデボラのボーカム夫妻の一卵性双生児として生まれた。

双子はアメリカ・ノースカロライナ州キットレルで生まれ育ち、双子にはロビンという姉もいた。

双子は近所でも指折りの良い子として知られており、担任の教師ですらしばしば見分けがつかなくなる程、そっくりであった。

双子は学校でも人気があり、友達も多かった。

ただ、双子は授業中にヨーヨーで遊んだり、宿題の提出が遅れたりと問題行動を起こすようになっていた。


1999年4月1日、ウィリアム (45歳) が仕事から帰宅し、家族で夕食を食べた後、双子は自分の部屋に戻った。

午後9時過ぎ、デボラがシャワーを浴びに2階に上がると、双子の寝室から囁き声が聞こえた。

デボラは双子が何か悪い事を企んでいるのではと心配になり部屋に入った。

すると、デボラはベッドカバーの下でウィリアムの所持する.223口径のアサルトライフルを見つける。

デボラが銃を掴むが、ジャスティンもすぐに銃に手を伸ばし、2人は数秒間もみ合いとなった。

その様子を見ていたネイサンは、普段は身を守る為に高い場所に隠していた.38口径のリボルバーを手に取り、デボラに向かって2発撃った。

銃弾はデボラの肩に命中した。

銃声を聞いたウィリアムが2階に駆け上がると、ネイサンがウィリアムを2発撃ち、銃弾は喉と顔を直撃した。

そして、ロビン (16歳) が911に通報しようとした所をネイサンは撃ち、銃弾はロビンの鎖骨に命中した。

しばらくしてバンス郡の配車係に通報が入り、その声は性別が判別出来ないほどパニックになっており、泣き叫ぶ子供の声で

「パパが撃たれた!ママが撃たれた!みんな死んだんだ!」

と聞こえた。

保安官が数分以内に家に到着すると、ロビンがポーチのブランコにうつ伏せになっており、着ているTシャツが血まみれになっていた。

ただ、息はあり負傷していたものの命に別状はなかった。

ウィリアムは主寝室の床に倒れ死亡しており、デボラは子供部屋で息子たちから奪った銃を握りしめ、床に横たわっていた。

保安官が誰に撃たれたか尋ねると、デボラは双子の1人を指さした。

リボルバーは6つの薬室全てが空になっており、ライフルは15発の弾丸が装填されたままだった。

保安官がネイサンとジャスティンに質問するが、双子は外の小屋にいる兎の心配をしていた。

保安官が双子を連行しようとすると、双子は4匹の兎の様子を確認しないといけないと主張した。

事件が公になると、人口わずか240人の小さな村に衝撃が走った。

また、双子を知る人たちは信じられないと一様に驚きを隠せなかった。

父親のウィリアムは熱心なハンターで、双子が歩けるようになるとすぐに銃の扱い方を教えていた。

その為、双子は11歳ながら銃を使用する事が出来てしまい、それが犯行に影響を及ぼした。

双子が家族を撃った銃もウィリアムがハンティングで使用していた銃だった。

重傷を負ったデボラはなぜこのような事件が起こってしまったのか理解出来ないでいた。

ウィリアムの葬儀が行われ、ロビンは怪我の影響で車椅子での参列を余儀なくされた。

ロビンは涙を流し、デボラは幼馴染の最愛の夫を亡くしたショックから立ち直れず、明らかに疲れ果て衰弱していた。

デボラは事件後、1度だけ双子と話をし、ヘンダーソンで開かれた法廷での短い休憩時間に、自分の席から移動し双子の横に座った。

審問の際には子供たちの為に服を選び、2人の腕を撫でながら
「2人共大丈夫?」
と声をかけた。

双子は父親の殺害、母親と姉への殺人未遂で起訴されるが、年齢が11歳という事もあり (13歳未満は通常の裁判で裁かれない) 、裁判は少年裁判所で行われる事になった。

家族は周囲も認める仲の良い家庭で、当初、親の虐待が疑われたがそういった証拠はなかった。

以前、双子が学校の生徒からヨーヨーを奪った事があり、その際、両親が叱ったのが原因ではないかと指摘された。

また、検察は双子の犯行は突発的なものではなく、事前に計画されたものではないかと主張したが、計画性はなかったと結論付けられた。

双子は18歳まで少年院に収監され、その後、釈放された後は犯罪記録は抹消される予定である。

この双子の事件から19日後の4月20日、かの「コロンバイン高校銃乱射事件」が発生していた。

双子の裁判が始まる前だった事と、コロンバインの事件の犯人と同じく銃による犯行だった事から、「若者による凶悪な犯罪」として一緒に扱われた。

しかし、双子の弁護士は
「コロンバインの事件と一緒にすべきではない」と述べ、この事件は銃乱射事件とは呼ばないと主張した。



《殺人数》
1人 (他2人負傷)

《犯行期間》
1999年4月1日



∽ 総評 ∽

11歳という年齢、しかも双子というのが更に衝撃を与えた事件といえる。

11歳といえば日本でいえばまだ小学5年生であり、そんな年端もいかぬ子供が家族を銃で撃つという日本では考えられずとても信じられない。

だが、理由がいまいちはっきりとしない。

母親が部屋で銃を見つけ、それを奪おうとしたところ、双子がキレて犯行に及んだのだが、その程度の理由でここまでの事件になるだろうか。

しかも、対象の母親だけを撃って満足するならまだしも、わざわざやって来た父親、そして、911に連絡しようとした姉も撃っている。

普段から恨みがあったとしか思えないが、一応、家族は日頃から関係が良好だったといわれている。

本当のことは家族にしかわからないが、何か銃を取られた以外の理由があったはずである。

ただ、普通11歳の子供が銃を扱えるわけがなく、父親が子供に教えてしまっていたのがこんな悲劇を生んでしまったというのは皮肉でしかない。

現在、双子は間違いなく外に出ているが、どのような人生を送っているか気になって仕方ない。