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タスミヤ・ホワイトヘッド (アメリカ)
【 1993 〜  】

ジャスミヤ・ホワイトヘッド (アメリカ)
【 1993 〜  】



タスミヤ・ジャニーシャ・ホワイトヘッドとジャスミヤ・カニーシャ・ホワイトヘッドは、アメリカ・ジョージア州コンヤーズで暮らす一卵性双生児であった。

母親はジャメッカ・イヴォンヌ・ニッキ・ホワイトヘッドといい、双子は曾祖母デラ・フレイジャーに預けられ育てられた。

母ジャメッカは双子の娘にあまり興味がなく、養育を曾祖母に任せっきりであった (と後にフレイジャー本人が述べている) 。

双子は2人揃って優等生で、ガールスカウトをしていた。


2000年、ジャメッカはトラック運転手ロバート・ヘッドと出会い交際を始める。

この時、ジャメッカは25歳であったが、ヘッドは55歳であった。


2007年、双子が13歳の時、ジャメッカがフレイジャーに親権を要求してくる (この時ジャメッカ31歳) 。

その事を知った双子はジャメッカと衝突する。

双子はこれまで何もせず放置し、自分たちの自由を奪い、人生をコントロールしようとするジャメッカと口論となる。

親子の口論はエスカレートしていき、双子はカウンセリングと少年裁判所への出廷を余儀なくされてしまう。

しかし、親権が再びフレイジャーに与えられた為、双子は落ち着きを取り戻すが、2010年1月5日、親権が再度ジャメッカに戻されてしまう。

双子はこの裁判所の決定に抗議するが、裁判所は2週間の試用期間中、双子に母親と一緒に暮らすよう命じた。


2010年1月13日、双子のうちの1人 (タスミヤかジャスミヤかは不明) が、たまたま通りかかったパトカーに旗を振って止めた。

そして、家の中でジャメッカが死んているのを見つけたと話した。

警察官は家の中に入ると、浴槽に沈んで死んでいる女性を発見する。 

この時の様子について警察官は、
「ドアを開けたとたん血の匂い、銅の鉄の匂いが漂っていた」
と後に語っている。

タスミヤとジャスミヤは目に見えて取り乱しており、警察官が2人を落ち着かせた後、一度コンヤーズ警察署に保護された。

その日の夜、双子はフレイジャーに引き取られ一緒に帰宅した。

監察医はジャメッカの遺体の様子から激しい恨みによる犯行だと考え、見ず知らずの他人がやったとは考え難いと主張した。

そこで警察はジャメッカのボーイフレンドであるヘッドを疑い、尋問を行う。

ヘッドは犯行を否認し、DNA鑑定の結果、ヘッドの無実が証明された。

その後、双子は学校に通い、穏やかな社会生活を送り始めた。

しかし、警察は双子を取り調べた際の互いの話の矛盾点や、ジャメッカと双子の確執が判明すると双子を疑うようになる。

警察は双子の生活を監視し始める。


同年5月21日、事件から4ヶ月が経過した後、タスミヤとジャスミヤは逮捕された。

争った際にジャメッカが噛みついたと思われる噛み跡が証拠となった。

逮捕された双子は、事件の詳細を語った。

きっかけは犯行当日、双子が学校に遅刻した後、台所でジャメッカと喧嘩した事だった。

双子によると、ジャメッカが
「学校に遅刻したんだからもう好き放題出来ないよ。私のルールに従って生活しなさい」
と言い、ストーブの鍋を持って脅し始めた。

そして、ジャメッカが鍋を振り回し始めた為、「殴られる」とジャスミヤは思った。

双子はジャメッカに駆け寄り鍋を取り上げようとした。

ジャスミヤが鍋を取り上げると、ジャメッカは次にナイフを持ち出し、
「下がれ!」
と叫んだ。

争いはリビングルームに移り、更に激しくなった。

ジャスミヤは落ちていた鍋を拾い、ジャメッカに殴りかかった。

ジャメッカはジャスミヤの胸に噛みつき、痛さでジャメッカを引き離した。

すると、ジャスミヤは子供の頃に獲得したリボンのついたメダルでジャメッカの首を絞めた。

だが、ジャメッカが意表を突くバックハンドブローを放った為ジャスミヤは離されると、咄嗟にナイフを持ちジャメッカを刺した。

そして、噛んだり殴ったり叫んだり刺したりした後、動かなくなったジャメッカを双子はバスタブまで引きずり込んだ (何故バスタブに運んだのかは双子は上手く説明する事が出来なかった。おそらく血を流す為だと思われる) 。

ジャメッカ殺害後、双子は自分たちのした事が信じられず、ショックで泣き始め、双子は少し口論となった。

しかし、すぐに冷静になり、一部を片付けると犯行現場を離れるのが最善と考え、双子は学校に向かったのだった。

双子は取り調べで初めから素直に言えば良かったと話した。


2014年1月、タスミヤは懲役30年が言い渡された。


同年2月7日、ジャスミヤも同じく懲役30年が言い渡され、双子は現在も別々の刑務所に収監されている。

タスミヤの仮釈放予定日は2025年5月でジャスミヤは2027年9月となっている。


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       ジャメッカ・ホワイトヘッド



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2010年1月13日



∽ 総評 ∽

双子による母親殺害事件だが、記事を作っていて個人的にあまりこの双子を鬼畜と断罪出来なかった。

親を殺すような子供なんだからろくでなしで親不孝なのだが、記事が事実としたら100%悪いと責めれない。

被害者である母親は死んでおり、家庭環境や事件の詳細は加害者2人の一方的な意見という可能性も否定は出来ない。

また、双子はすぐに自分たちがやったと名乗り出ず、他の人間による犯行と偽ったのはいただけないが、逮捕後は死人に口なしを良い事に正当防衛を主張しているわけではなく、事件の詳細を語っている。

本当は一方的に双子が母親を殺し、口裏合わせて母親にも否があるように偽ったのかもしれないが、事件の詳細を見る限りこの犯行内容を17歳の少女が1から作り上げたとは到底思えない (互いの傷の状態を確認すれば嘘をついてるかどうかわかりそうなものである) 。

実際、曾祖母もジャメッカに対して否定的な意見を述べている。

そもそも、この母親はかなり問題があると思う。

18歳の時に双子を生んでるが、父親の記載がない為、おそらく結婚せずに生んだか、出産後にすぐ離婚したと思われる。

そして、1人で育てられないと曾祖母に預けたと思われるが、曾祖母によると母親は双子にあまり関心がなかったそうだ。

それを55歳のボーイフレンドが出来たとたん、双子の養育を主張し始めた。

確かに曾祖母というくらいなのでおそらく年齢も80歳くらいだったと思われ、双子の将来を考えれば母親に育てられた方が何かと良いだろう。

ただ、私が穿った見方をしているだけかもしれないが、母親が双子を引き取りたい理由が国からの手当目当て、お金の為に思えてならない (アメリカの子供への手当について詳しく知らないが) 。

実際、これまでお金目当てに子供を引取り虐待して殺した親も何人も掲載している。

ボーイフレンドが出来た事で生活に余裕ができ、双子を育てられると思ったのかもしれないが、それまで基本放置していたのに、虫がよすぎてならず、そう思われて当然である。

よくわからないのが、曾祖母は双子の養育を望み、双子も曾祖母と一緒に暮らしたいと言っているのに、何故、司法は母親と暮らすようにするのか。

母親が最初の親権を要求してきた時、双子はすでに13歳である。

5歳や6歳じゃあるまいし、自分の事くらい立派に判断できる年齢である。

もし、双子がそのまま曾祖母と暮らしていればこんな事件が起きなかったかもしれないと思うと残念でならない。



✼ 追伸 ✼

新年から今日まで4日間、双子による犯行を掲載してきました。

次回の掲載は13日月曜日を予定しておりますのでよろしくお願い致します。