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ベティ・ウィルソン (アメリカ)
【 1945 〜  】



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ペギー・ロウ (アメリカ)
【 1945 〜  】



ベティ・ウィルソンとペギー・ゲイ・ロウは、1945年7月14日、アメリカ・アラバマ州ガズデンで二卵性双生児として生まれた。

ベティは生徒会役員を務め、演劇やタレントショーに出演し、ペギーはホームカミング・クイーンでクラスの美人とされる等、姉妹は学校では人気者であった。

姉妹は高校を卒業後、すぐに結婚し、子供を生むが数年で離婚した。

ペギーは当時、小学校1年生の教師として働いていたのだが、ウェイン・ロウというバプテスト派の男性と再婚し、教会の聖歌隊のリード・シンガーとなった。

ペギーは2人の子供を養子にとり、そして、夫婦の間に1人子供が生まれた。

ベティは腎臓透析専門の看護師として働いており、ハンツビルのヒューマナ病院で出会ったジャック・ウィルソンと出会い結婚する。

結婚後、ベティは仕事を辞め、眼科医の妻として優雅な暮らしを楽しだ。

ロレックスの腕時計を身に着け、ワインレッドのメルセデス・コンバーチブルで街中を走り回った。

また、夫妻は黒のBMWも所有していた。

しかし、次第にベティとジャックの関係はぎくしゃくしていく。

特にベティが結婚生活に嫌気がさしていた。


1992年5月22日、ジャックは翌日からベティとニューメキシコ州サンタフェに旅行に行くのを楽しみにしていた。

ジャックはベティをまだ愛しており、喜ばせる為なら何でもしようと思っていた。

そして、この旅行で再び結婚生活を再熱させたいと願っていた。

しかし、ベティが家に帰ると、2枚のペルシャ絨毯の上に血まみれの姿のジャックの死体を発見する。

ジャックの死体の横には凶器と思われる金属バットが横たわっていた。

ベティは近所の家に駆け込み、911に電話を掛けた。

電話を貸した近所の人によると、この時のベティは冷静で落ち着いて話していたという。

警察は現場を調べるが、証拠となる指紋や強盗の痕跡を見つける事が出来なかった。

しかも、クレジットカードは財布に入ったままで、家の中が物色された形跡もほとんどなかった。

警察は物取りではなく怨恨の線で捜査を進め、そこで夫妻の関係が良好でなかった事に気づき、夫妻が別々の寝室で寝ている事もわかった (日本ではさほど珍しくないがアメリカではかなり珍しい) 。

また、ベティはクローン秒の為に、ジャックが人工肛門の手術を受けた事に嫌悪感を抱いているという情報も得た (ただしベティがジャックのプロポーズを受け入れたのは人工肛門が必要だと告げられた日である) 。

警察が犯人をベティと考えた最も大きな要因は、ジャックが遺言で630万ドル (約8億円) の大部分の相続人をベティにしていた事だった。

更にベティはジャックとの生活とは別に、不倫相手との婚外生活も送っている事が判明する。

だが、捜査当局はベティがジャックを殺害したという決定的な証拠を見つける事が出来ず、立件する事が出来なかった。

しかし、とある情報提供者が現れ、ペギーが勤めていた学校の便利屋で、41歳のジェームズ・ホワイトという男性が、ジャックを殺害する為に5000ドル (約60万円) で雇われたと告白した。

ホワイトは以前軍人であったが不名誉除隊しており、また、前科もあった。

警察はホワイトのトレーラーの隣の廃屋でベティのリボルバーを発見し、更にホワイトのトラックでベティのサインが入った詩の文庫本も発見した。

警察はベティとペギーを逮捕し、ペギーは30万ドル (約3500万円) で保釈されるが、ベティは出る事が出来なかった。

事件が公になりメディアが報じると、2人の滑らかで明瞭な話し方、上品な服装、魅力的な顔立ち、双子の姉妹というのが話題となり、全米の注目を集めた。

裁判での傍聴席には多くの人が押し寄せ、裁判所は混乱を避ける為に入場券を配る程であった。

ホワイトも逮捕されるが、ベティとペギーについて証言する事を条件に罪を軽くする司法取引に応じた。

ホワイトはペギーから殺人の依頼を受けた後、ベティが前金を文庫本に入れて渡したと語った。

ペギーとは学校で知り合って以来、定期的に電話で話すなど友好的な関係を築いていた。

ホワイトはペギーが魅力的で気に入られたいと思っていたと話した。

そんな時に

「結婚生活がうまくいかす、夫に虐待されている友人がいる」

と打ち明けられ、借金の返済と、5000ドルで殺人に同意した。

ホワイトによると、殺人の当日、ジャックが2階に上がって来るまで、家の2階に隠れていた。

しかし、ホワイトが廊下でジャックと出くわしてしまい、もみ合いとなった。

ホワイトはジャックをバットで殴り、腹部を2回刺した。

ジャック殺害後、ベティが外で出迎え、トレーラーまで車で送ってくれたのだった。

3時間の審理の末、ベティは有罪となり仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡されたが、ペギーは無罪となった。

ベティは判決を不服としてアラバマ州最高裁判所に2度上告するが、2度とも却下された。


2006年、ベティは元グリーンベレー隊員のビル・キャンベルと獄中結婚した。

キャンベルは『48時間』というこの事件を扱ったテレビ番組を見てベティに魅了された。

ホワイトは2020年3月1日に仮釈放が検討された (実際に仮釈放されたかは不明

無罪となったペギーは現在もアラバマ州に住んでいる。

殺害されたジャックは、生前、診察の際は患者に親切で丁寧だと評判の医師だった。

生活が苦しい患者には料金を免除する事もあったという。

一緒に働いていた同僚によると、
「 (治療費が) 5ドルであろうと50万ドルであろうと患者さんは同じように扱われた。また、彼はここで働く全ての人を家族のように扱ってくれました」
とその死を惜しんでいる。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1992年5月22日



∽ 総評 ∽

双子姉妹による犯行だが、片方は仮釈放のない終身刑、片方は無罪というこの落差は一体どこからくるのだろうか?

おそらく殺害されたのがベティの夫である為、ベティがペギーに依頼し、ペギーが知り合いに頼んだと判断されたと思われる。

確かにペギーは夫を殺したいと思ったわけではないし、刺したり撃ったりと直接手を下したわけでもない。

ただ、だからといって無罪はあり得ない。

こういう記事を書いていていつも思うのだが、殺された人物の人間性である。

ジャックは前述した通り、患者や同僚に対して文句のない人格者で、そういった人間が無惨に殺されてしまう。

被害者への同情で過度に良く言われてるだけかもしれないが、良い人間は早死にしろくでもない鬼畜は生き続ける。

世の中、理不尽な事ばかりだが、こういう事件を知ると余計にそう感じる。