_20220817_064137
チョン・サン=ジン (韓国)
【 1978 ~      】



チョン・サン=ジンは、1978年、韓国・慶尚南道陜川郡で生まれた。

チョンは幼少期から迫害を受け、中学時代に2度自殺未遂を行った。

以降、ひどい頭痛に悩まされるようになる。


2002年、チョンは首都ソウルに移り住み、配膳や駐車係のアルバイトで生計を立てていた。

チョンは8回有罪判決を受け、その内の1つは兵役の義務を怠った罪で、150万ウォン (約15万円) の罰金を課せられた。


2008年4月、チョンは無職となり、厳しい生活状況を余儀なくされる。

経済的に酷く困窮していたチョンは、家賃どころか携帯電話料金すら払えない状況であった。


同年10月28日午前8時15分頃、4階建てのコシウォン (考試院の事で韓国の簡易低価格宿泊施設) の3階に住んでいたチョンは、ベッドにガソリンをかけて燃やした。

そして、黒装束を着てヘッドランプをつけ、目出し帽とゴーグルで顔を隠すと、刺身包丁と足に巻いた果物ナイフ2本、ベルトホルダーに入れた催涙銃で武装し、煙の充満した部屋を出た。

すると、火事から逃げて建物から出て来た住民を待ち伏せし、次から次と切りつけ始めた。

この襲撃で5人がナイフの傷がもとで死亡、女性1人が建物から逃げようと4階の窓から飛び降りて死亡、7人が負傷 (この内4人が火災によって負傷した) するという大惨事となった。

死者3人と負傷者3人は中国人であり、火災は30分続き、約100人の消防士によってようやく火は鎮火した。

午前9時20分、チョンは4階の倉庫に隠れていたが、消防士は被害者の1人と思い救助した。

しかし、チョンの異常な言動に気づいた警察が現場で取り調べたところ、チョンは犯行を告白しその場で逮捕された。

江南警察署に連行されたチョンは殺人と放火で起訴された。

逮捕されたチョンは、

「皆から見下されているのでもう生きたくない」

と述べ、お金持ちと高官に対して日頃から怒りを露にし、復讐しようと考えていたがターゲットに出来なかった為、標的を身近な人間に変えたと供述した。


2009年5月12日、チョンには死刑が言い渡された。

チョンはキム・ジウン監督の映画「A Bittersweet Life (ほろ苦い人生) 」が非常に好きであった為、映画にも責任があるとされた。

この事件は2003年に起きた大邱地下鉄放火事件や、チョンの事件の数ヶ月前に発生した崇礼門放火事件、更に日本で起きた秋葉原殺傷事件など数々の事件を思い出されている。



《殺人数》
6人 (他負傷者7人)

《犯行期間》
2008年10月28日



∽ 総評 ∽

チョンはお金持ちや高官によって自身の人生が上手くいっていないと考え、勝手に怒りを募らせたのだろう。

こういう身勝手な犯行に及ぶ鬼畜にはありがちな思考であるが、それならせめてお金持ちや高官を狙えと言いたい。

おそらく当初は狙いたいと思ってはいたが、どこにいるかもわからず、また、方法もわからない為、身近な人間に標的を変えたと思われる。

韓国は死刑が一応存在するが、実質的には廃止状態であり、1997年以降、執行されていない。

執行しないのであればなぜ死刑自体を維持しているのか。

私が国民なら腹が立って仕方ない。