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エドガー・コンセプシオン (アメリカ)
【 1995 ~      】



エドガー・コンセプシオンは、1995年1月15日、フィリピンで生まれた。


2006年、コンセプシオンは両親と共にアメリカへ移住した。

コンセプシオンの英語力は中級程度であり、生活するには問題はなかった。


2009年、アイオワ州チャールズ・シティで、コンセプシオンの従姉妹クリステル・バーンズ (3歳♀) の両親は仕事に出掛ける。

その際、コンセプシオンにバーンズの世話を任せた。

このバーンズの世話は約3週間行われたのだが、その間、コンセプシオンはバーンズを強姦し続けた。


同年7月10日、この日もバーンズの両親は仕事に出掛け、コンセプシオンはバーンズの世話をしていた。

すると、バーンズが嘔吐したいと告げた為、コンセプシオンはバーンズをバスルームへ連れて行った。

そこで、コンセプシオンはバーンズをいつものように強姦した。

すると、バーンズが暴れ出した為、コンセプシオンはバーンズの上にまたがり、胸を強く圧迫する。

そして、バーンズが力が抜けるまで絞めた。

その後、コンセプシオンはバーンズの体を2階に運び、姉が911に連絡した。

コンセプシオンはオペレーターにバーンズの事を「目を閉じて口が紫色になっている」と表現した。

救急隊が到着し、バーンズは病院に搬送されるが死亡が確認された。

コンセプシオンとその家族は病院に向かい、コンセプシオンとその家族は警察から事情聴取を受けた。

コンセプシオンは犯行を告白し、逮捕された。


2010年6月、コンセプシオンは第一級殺人、第一級性的虐待、第二級性的虐待、児童虐待で有罪となり、同年11月、コンセプシオンは殺人と第一級性的虐待で仮釈放の可能性がない終身刑が、第二級性的虐待で最高25年の禁錮刑が、児童虐待で最高5年の禁錮刑がそれぞれ言い渡された。

しかし、犯行時、14歳という年齢でのこの判決は物議を醸した。

コンセプシオンは判決を不服として控訴した。


2013年9月28日、コンセプシオンの弁護士が再判決を求める申し立てを行った。


2014年1月、連邦最高裁判所は年齢的に仮釈放なしの終身刑は認められないという判決を下し、その判決を受け、アイオワ州控訴裁判所は、児童虐待の有罪判決を除く全ての有罪判決について再判決を下すよう命じた。


2016年2月、コンセプシオンは仮釈放の可能性のある終身刑に減刑された。

しかし、再判決の審理で、ジェームズ・ドリュー判事は、
「仮釈放付きの終身刑となったが、必ずしもあなたが刑務所から出られるとは限らない」
とコンセプシオンに告げている。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2009年7月10日



∽ 総評 ∽

14歳で3歳の幼児を殺すというだけで衝撃的な事件だが、しかもそれが従姉妹という身内であった。

また、約3週間に渡って強姦を続ける鬼畜振りであるが、ただコンセプシオンがここまで異常になった理由がわからない。

おそらく移住が何らかの影響を与えたのは間違いないと思われ、11歳という年齢での異国での生活は多感な少年には大変であったのは想像に難くない。

コンセプシオンは最終的に仮釈放の可能性がある終身刑となったが、元々は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。

減刑に納得はいかないが、それでも14歳に下される判決としては十分なものである。

これが仮に日本なら、少年院に入りおそらく数年で出られるであろう。

少しはアメリカを見習って欲しい。