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ナズィール・アフマド (パキスタン)
【 1965 ~      】



2005年12月24日、パキスタン・パンジャーブ州で、ナズィール・アフマドは、長女 (継娘) ムカダス・ビビ (25歳) を殺害する。

アフマドは眠っているムカダスを鉈で喉を切り裂いて殺害した。

その後、娘たちバーノ・ビビ (12歳) 、スメラ (8歳) 、ヒュメラ (6歳) を次々刺して殺害した (娘たちの年齢に関しては新聞によって12歳、8歳、4歳、12歳、10歳、6歳、12歳、8歳、6歳とバラバラであった) 。


翌日の25日、アフマドは自ら警察署に向かい自首した。

アフマドはムカダス殺害について、自身の意に反する男性と結婚した事による報復だと述べた。

また、その他の娘たちに関しては

「若い娘たちは長女と同じ事をすると思ったので、排除するべきだと感じた」

と語り、更に

「私たちのような貧しい人々は、自分達の名誉以外に守るべきものはないのです」

と答えた。

実は、ムカダスは1度、アフマドが選んだ男性と結婚したが、生活が嫌で逃げ出し、別の男性と結婚しようとしていた。

事件の夜、アフマドはムカダスを強引に連れ戻し、寝静まった時に及んだ犯行であった。

アフマドとムカダスの元夫は、ムカダスが逃げ出したのは姦通したからだと主張した。

だが、実際は好きでもない元夫に身体的虐待を受け、無理やり煉瓦製造工場で働かされた事が逃げ出す要因であった。

アフマドの妻は娘たちが殺されるのを目の前で見させられており、
「私は恐怖で震えていた。どうすれば娘たちを救えるのかわからなかった。私は夫に娘たちを助けてくれるよう懇願したが、夫は『騒げば殺す』と言いました。一晩中、娘たちの死体が私の目の前に横たわっていました」
と記者団に答えている。


最後に警察に言い放ったアフマドの発言で終わりたいと思います。

「自分は立派な父親で、不名誉な娘と他の幼い娘を殺した。彼女が家出する原因となった男を殺し、家に火をつける機会があれば良かったのだが」



《殺人数》
4人

《犯行期間》
2005年12月24日



∽ 総評 ∽

パキスタンという国柄なのか、アフマドが住んでいた地域だけなのかわからないが、父親が娘の結婚相手を決めるのが当たり前なのだろう。

しかも、男は強く偉く、女は男に従うものという慣習が根強い為、父親の意にそわない娘の存在はとても許されるものではなかったと思われる。

また、関係のない幼い娘たちを殺したのも、長女の自由な結婚を許してしまうと、他の娘たちもそうなっていく事を恐れてのものだった。

非常に身勝手で救いようがないが、これは風土や風習、国柄というのも残念ながら影響している。

パキスタンの国柄については詳しくしらないが、特に調べなくても何となく男尊女卑という感じが今だにあるように思う。

余談だが、アフマドの判決については不明である。