
フィリップ・カピソーダ (セルビア)
【 1987 ~ 2010 】
フィリップ・カピソーダは、1987年4月3日、セルビア・モンテネグロ (当時はユーゴスラビア)・ツェティニエで生まれた。
カピソーダはそのルックスを活かしてモデルとして活躍し、セルビアの番組『ビッグブラザーVIPオールスターズ』の出演者の1人であった。
その魅力的な容姿からファッションブランド、ロッコ・バロッコからオファーを受けるが、自国でのキャリアを築く為に拒否した。
カピソーダは数々のファッションショーに参加し、多くの賞を受賞した。
2006年、ベオグラード・ファッション・ウィークでは、最優秀モデルとして表彰された。
2010年3月16日、首都ベオグラードのアパートで、カピソーダとガールフレンドの歌手クセーニャ・パジチン (32歳) の遺体が発見される。
2人の遺体はパジチンの母親によって発見された。
2人とも頭部に銃弾を受けた跡があり、警察は銃がカピソーダの側で見つかった為、パジチンを撃った後に自らを撃って自殺したと判断した。
実は事件の数日前の夜、カピソーダがパジチンのアパートのドアを破壊して侵入し、隣人から通報を受けていた事がわかった。
警察は捜査の結果、動機はカピソーダによる嫉妬であると結論付けた。
同年3月19日、カピソーダの葬儀が行われ、ハンドボール選手の兄ピーターや友人の歌手が参列した。
翌日の20日、パジチンの葬儀が行われている。

クセーニャ・パジチン
《殺人数》
1人
《犯行期間》
2010年3月16日
∽ 総評 ∽
モデルとして活躍していた矢先の死亡であり、しかも相手も有名な歌手であった為、事件は国内で大きく取り上げられ、多くの憶測を生んだ。
ただ、おそらくパジチンが別れを切り出し、別れたくなかったカピソーダが犯行に及んだのだと思われる。
見た目も申し分なく、地位や名誉を手に入れたからといって、必ずしも幸せでないという事を重い知らされる事件である。
理由は何にせよ、将来有望な2人であったので、そこは非常に勿体なく残念でならない。
コメント
コメント一覧 (14)
シリアル・キラーでもスプリー・キラーでもないけど有名人の心中ということもあってセルビアを騒がせたのがよくわかります。
あの国は血なまぐさい歴史が多いせいかこの心中事件の残忍性や異常性があまり感じられませんでしたね。
この心中が起こる10年位前までドンパチしてたくらいだし。
個人的にはセルビア出身のギャング、アルカンを載せてほしいですね。
私は以前掲載したエルデーイを見て調べた時、彼の生きざまに衝撃を覚えました。
日本で同様な事件が起こっても連日メディアを賑わせるでしょうね。
ギャングですね、今度調べてみます。
旧ユーゴスラビアは、その名の通りスラブ語圏ですが、典型的な東欧の顔とも全然違いますね。
他の地中海人種よりもペルシャ人のような顔をしています。
バルカン半島はオスマン帝国に併合されていた時期があり、
トルコ人もかなり入っていると思われますが。
大古ではローマ帝国の支配を受け、奴隷と穀物の供給源だったそうです。
英語・ラテン語の「奴隷」と「スラブ」は語源が同じだそうですからね。
ウクライナを始め、豊穣な土地というのは他国に狙われ易く、
結果として資源の奪い合いになり、飢餓に陥るのは世界の歴史ですね。
旧ユーゴは侵略の歴史の副産物で、欧州諸国でもかなりの美男美女の産地だと思いますが、
戦争のせいで全てが帳消しになっているのが残念ですね。
ハーフのように血って混ざるとそれぞれの良い部分を引き出して良くなるような印象ですね。
もちろん悩みはあるのでしょうけど、正直、何も持ってない人間からすると「甘えるな」と思ってしまいますよね。
自殺してくれて良かったですね。
秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大が処刑されました。
お久し振りです。
お元気そうでなによりです。
処刑されましたね。
岸田首相は首相としてはダメダメですが、処刑に比較的積極的なのはいい所です。
惨状や悪影響を考えても遅すぎ
遅いですが、まあ日本にしては頑張った方じゃないでしょうか。
確かに私もそんなに経ったんだと思いました。
10年でいくらの税金が彼の為に使われたんでしょうかね。
考えるだけ腹立たしいです。
かなり時間がかかったといっても、ちゃんと執行まで行えたのはよかった。
政治云々はあるかもしれないけど、それを差っ引いても理想的な結末です。
残酷だ云々は言われるかもしれないけど、あの惨状を見ても死刑は残酷だといえる神経を理解するのは難しいです。
執行されましたね。
執行されたのは良かったです。
残酷なのは車で突っ込んで人を轢き、ナイフで刺しまくったこのバカです。