
ノーマン・ヤジー (アメリカ)
【 1964 ~ 】
1996年9月1日、アメリカ・アリゾナ州ディネホッツォのナバホ保留地のトレーラーハウスで、ノーマン・ディーン・ヤジーは .22口径のライフルを武装すると、5人の子供に向かって発砲を行った。
発砲は全部で35発にも及んだ。
この銃撃で4人の娘が死亡するが、娘たちは執拗に何度も頭部を撃たれていた。
また、11歳の息子ライアンは肩と胸を射たれるが、死んだ振りをした為、助かった。
逮捕されたヤジーは、動機について妻セシリアの浮気であると述べた。
ヤジーは犯行前にセシリア宛に他の男と不倫している事に対する怒りを綴った乱文のメモを書いていた。
裁判では死んだ振りをして生き延びたライアンが出廷し、事件について証言した。
検察はナバホ・ネイション (アリゾナ州北東部・ユタ州南東部・ニューメキシコ州北西部の3つの州にまたがって位置するアメリカ先住民族ナバホ族の準自治領) が死刑を認めていない為、死刑求刑を諦めた。
1997年3月11日、ヤジーには仮釈放の可能性がない終身刑と懲役85年が言い渡された。
判決を言い渡されたヤジーは、頭を下げ、手を後ろに組んで静かに立っていた。
《殺人数》
4人 (他1人負傷)
《犯行期間》
1996年9月1日
∽ 総評 ∽
妻が浮気していた事の恨みとして我が子を4人も殺害した。
詳細が少ない為、実際に妻が浮気していたのか、ヤジーが勝手にそう思い込んでいたのかわからない。
また、犯行時、妻は家にいなかったようだが、浮気相手の家にいたのだろうか。
しかし、何故、子供を殺すのか。
殺すのなら浮気していたとされる妻だけ狙えばいいのではないか。
ただ、恨みとして本人を殺すより最も大切なものを奪う方が復讐と考えたのかもしれないが。
コメント
コメント一覧 (8)
部落問題などが絡むとどうしても葬られる事件は結構あるんですよね。
今回もこの集落(部落)の話ということもあって葬られたのかも?
いやいや単純にこの手があまりに多すぎて扱いもそんなに大きくならなかったのかも?
インディアンのムラの中のインディアンが事件と扱えばよその国扱いできるしね。
そうですね。
特にアメリカは先住民との関係はデリケートですからね。
日本のアイヌとかと同じでしょうか。
「治外法権」を与えている点は評価出来ますね。
ところで、欧米社会は中国の少数民族の問題を論っていますが、
英語圏における先住民の迫害は、過去ではなく現在進行形の問題ですからね。
そりゃ、昔に比べれば遥かにマシで、生存権が与えられていて、
生活保護という形で国家から手当てを受ける事も出来ます。
しかし、世界史に詳しい親戚によると、手当てによって伝統的な暮らしをしなくなり、
無気力な生活を送っている者も多いそうです。
(豪州のアボリジニは、専ら伝統を活かした観光業にシフトしているそうなので、
先住民と言っても色々と言えますが。)
そりゃ、砂漠の片隅の僻地に追いやられて、外に出ないような生活をしていれば、
憂鬱な気分にもなりますね。
自分達の方が経済力も軍事力もあるからって、他所との境界線を違えるというのは、
世界共通の過ちであり、常識と言えますね。
強い者が生き残っていく生き物の摂理であれば、少数民族が淘汰されていくのは仕方ないですね。
弱いから迫害される。
よく黒人が白人から差別を受けるのは、その能力を恐れているからと言われています。
確かに身体能力は黒人の方が上ですし、頭脳も同じ土俵なら黒人の方が上なのかもしれません。
相手と距離をとろうとするとは警戒や危険を察知しての事かもしれませんね。
今回安倍元首相の死によって再び元統一教会が脚光を浴びる事になりましたが、他の宗教もそうですが名前を変えている時点で胡散臭さしか感じないです。
せめてそうですよね。
浮気した妻とその相手は自業自得までとは言いませんが非はありますから。