
カート・ウェインライト (アメリカ)
【 1966 ~ 1997 】
1988年7月29日、アメリカ・アーカンソー州プレスコットのコンビニエンスストア「ベスト・ストップ」で、カート・ダグラス・ウェインライトが強盗に入る。
そして、店員のバーバラ・スミス (♀) を射殺する。
この時、ウェインライトはスミスにありったけの現金を要求し、スミスに両手と両膝を床につかせ、耳の後ろを撃った。
現金を奪ったウェインライトは、外で待機していたピンク色のキャデラックに乗って逃走した。
殺人を目撃した者はいなかったが、キャデラックを目撃したものがおり、警察はすぐに捜索を開始した。
警察はキャデラックを見つけ止めた。
運転席にはアンドリュー・ウッズ、助手席にデニス・リーパーが、ウェインライトは後部座席に乗っていた。
ウェインライトは現金の入ったバッグと銃を持っていた。
3人はその場で逮捕された。
逮捕されたウェインライトだが、スミス殺害の前日の28日にもコンビニ強盗を行っており、その時にコンビニ店員のカレン・ロス (♀) を殺害している事が判明した。
1989年、ネバダ郡裁判所でウェインライトは有罪となり、死刑が言い渡された。
共犯であるウッズとリーパーにも死刑が言い渡された。
ウェインライトの死刑執行日が決まると、裁判に偏見があったと訴え執行の延期を求めた。
しかし、その請求は却下された。
1997年1月8日、致死量の注射による死刑が執行された。
執行の時、ウェインライトはパブロン (筋弛緩剤) と塩化カリウム (心臓を止める薬) を投与されている際、目を閉じながら
「ああ」
と呟きニヤニヤしていた。
その後、『抱擁』という詩を朗読し、「I love you Tish」と言い、その直後「Now send me to my God」という反抗的なフレーズを口にした。
注射が始まって2分しない内に笑みが消えると、目を開き、死を待つのを見つめていた。
執行を担当した医師は、マスコミに対し、
「これまで執行してきた中で1番タフな男であった」
と述べ、ウェインライトを「戦士」と表現した。
また、犠牲者や遺族に対する反省や後悔は最後までなかった。
実はこのウェインライトの死刑執行にはアメリカの新聞社のみならず、フランスのテレビ局の記者など6台のテレビカメラが集まり注目されていた。
というのはウェインライトと他の共犯者であるウッズとリーパーの執行も同じ日に行われた為だった。
この3人が同じ日に同刑務所で執行が行われるというのは、アメリカ史上2度目 (1994年以来) の出来事であった。
《殺人数》
2人
《犯行期間》
1988年7月28日、29日
∽ 総評 ∽
ウェインライトは執行した医師に「タフ」と称される程、執行時の様子が見苦しいものではなかった。
これまで何人もの執行について掲載してきたが、詳細が少なく、実際どのようだったかはわからない人物が多い。
ただ、長年死刑を執行してきた医師が1番タフだと言うのだからよっぽどだったのだろう。
アメリカは日本より遥かに死刑の執行数が多いが、そんなアメリカでも同じ日に執行するというのは非常に少ない。
しかも、同じ刑務所で3人同時にである。
ただ、日本は共犯者がそれぞれ死刑になった場合、日を分けて行う事はなく、同じ日に行う事が多い。
これはおそらく先にどちらかを執行すると「すぐに自分の番だ」と思う為、気をつかっての事だろうが、死刑囚に気をつかう意味がわからない。
コメント
コメント一覧 (6)
今の時代は絶対無理ですが。
だっていちゃもんでずれたりするのはざらだし、事前に処刑の日時も決められるし。
だめだといえばずらせるし。
ニッポンは複数犯行の場合は日程をずらしてでも執行すべきです。
制度上は土日と祝日、年末年始以外ならできるんだし。
なぜそれをしないのか。
にしてもこいつ図太いな。
失うものとか未練なんてなかったんでしょう。
昨日出たクズ女のように死刑になればそれで本望と思ってたのかもしれませんね。
現在なら厳しいでしょうね。
死ぬ事になんの恐怖も意味もなかったのでしょうね。
私もそう思います。
何故死刑囚にそこまで気をつかうのか理解に苦しみます。
一般市民による要人殺害で、越えてはならない一線を越えたような気がします。
コロナによるフラストレーションも、臨界点を越えて爆発する寸前でしょう。
或いは既に臨界点を越えているかも知れません。
負け犬と嘲られ続けた人間による報復が、これから始まります。
あと今の岸田首相の政治にも不満があるでしょうね。