
ジェフリー・フェルトナー (アメリカ)
【 1962 ~ 1993 】
ジェフリー・リン・フェルトナーは、1962年11月21日、アメリカ・フロリダ州マイアミで生まれた。
両親はフェルトナーが生まれる3ヶ月前に離婚し、父カスパーはミシガン州へ移り、フェルトナーは母シャーリーのもとに残った。
母子はメルローズに移り、フェルトナーはインターラセン高校を卒業した。
同級生からは一匹狼だと思われていたフェルトナーは、ゲイバーや同様の施設を訪れるようになる。
そして、ある男性との性交渉の際にHIVに感染し、その後、HIVは徐々に悪化していった。
1986年、フェルトナーがメルローズの老人ホーム「ニュー・ライフ・エイカース」で看護助手として働き始めると、母シャーリーが手伝った。
フェルトナーの勤務態度は良く、また、仕事振りも優秀で、働き始めてわずか数ヶ月で他の看護助手を監督する立場に昇進し、同僚や患者からも大いに尊敬された。
1987年、フェルトナーは実父カスパーの所在を突き止める為、一時的に仕事を辞めた。
2ヶ月後、カスパーを見つける事が出来た為、メルローズに戻り同じ職場に再雇用された。
1988年2月から4月にかけて、「ニュー・ライフ・エイカース」で5人の患者が自然死と思われる状況で死亡した。
同年7月、フェルトナーは匿名で危機管理ホットラインに連絡し、死亡した5人は自然死ではなく、自分が殺害した事を告白した。
フェルトナーは苦しみを終わらせたいという抑えきれない衝動があり、おそらくまた殺すだろうと主張した。
最初の犠牲者は1988年2月7日、死亡したバーニー・キャサリン・オルセン (69歳♂) で、死因はアルツハイマー病の為とされた。
オルセンは引退した学校教師で、妹の近くにいる為にフロリダ州へ引っ越して来たのだった。
オルセンが死亡した翌日の8日、アメリカ軍の退役軍人レイサン・ソーントン (82歳♂) が死亡する。
同年2月10日、サラ・F・エイブラムス (75歳♀) が死亡する。
死亡時、家族がエイブラムスの鼻と口の周りに不審な痣がある事に気づき、検視の依頼を行った。
しかし、心臓発作による死亡と判断していた検視官によって家族の要求は却下された。
後のフェルトナーの主張とは対照的にエイブラムスは寝たきりでも自殺願望もなかった。
同年2月18日、リタ・メイ・サグルー (63歳♀) が死亡する。
同年4月6日、退役軍人のウィリアム・H・ジェームス (73歳♂) が死亡する。
これらの自白とフェルトナーの警察での取り調べにもかかわらず、証拠不十分で起訴される事はなかった。
捜査の最中、フェルトナーは再び匿名で電話をかけ、別の患者を殺害しようとしたと主張したが、その主張に矛盾があった為、相手にされなかった。
ただ、再び嫌がらせの電話をさせない為に、警察はフェルトナーを不法侵入、虚偽報告の罪で起訴された。
フェルトナーは地元の刑務所に4ヶ月収監される事となった。
同年11月19日、出所後、フェルトナーはデイトナビーチに移り住み、メインストリートのバーの上のアパートに住んだ。
フェルトナーはすぐに「クライエット・メモリアル・センター」で仕事を見つけ、看護助手の監督者として働き始めた。
1989年7月11日、センターで長年生活を送っていたドリス・モリアーティ (83歳♀) が死亡する。
ただ、モリアーティはここ数年体調を崩していた事もあり、当時は不審な死とは思われなかった。
モリアーティが死亡してから数日間、フェルトナーは無断欠席した為、センターを解雇された。
しかし、フェルトナーはすぐにオーモンドビーチのボウマンズ老人ホームに就職した。
同年7月27日、老人ホームの入居者であるルビー・P・スイッシャー (81歳♀) が死亡するが、当初は自然死とされた。
同年8月9日、フェルトナーは精神的に衰弱し、精神病院に助けを求めた。
そこで、フェルトナーはこれまでの犯行を告白し、翌日、病院の管理者が警察に通報し逮捕された。
フェルトナーは取り調べでこれまで3つの施設で7人を殺害した事を認め、
「被害者を不幸にする為にやった」
と述べた。
エイブラムス、ソーントン、ジェームスの遺体は検査の為掘り起こされたが、残る4人については火葬されてしまった為、検査する事は出来なかった。
1990年1月、裁判が始まると、フェルトナーはこれまでの発言を撤回し、老人ホームで起こった酷い状況や虐待の現状に世間の注目を集める為に虚偽の殺人を告白したと主張した。
フェルトナーの両親は息子の証言を支持し、息子がそんな恐ろしい犯罪を犯すはずがないと確信していると述べた。
フェルトナーは殺人を否認し続けたが、死刑判決を免れる為の司法取引に応じ、2件の殺人については認めた。
1991年、フェルトナーは最低25年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。
1993年3月17日、フェルトナーはエイズの合併症により死去。
享年30歳。
後に母シャーリーは、フェルトナーはエイズが徐々に悪化し、自身の寿命が早く尽きるのを悟った為、犯行を自白したのではないかと述べている。
《殺人数》
7人
《犯行期間》
1988年2月7日~1989年7月27日
∽ 総評 ∽
犯行としてはよくある高齢者を楽にさせてあげようとする身勝手なものだが、このフェルトナーは少し異質であった。
というのもこういう犯行に及ぶ鬼畜は、病院や施設といった場所を活かし、ほとんどがその場で容易に調達出来る薬物を使用する。
しかし、フェルトナーの殺害方法は窒息であり、より殺人を楽しんでいる節がある。
フェルトナーはHIVに罹患していたが、これは男性によってうつされたものであった。
フェルトナーがいつから同性愛者になったのかわからないが、そのおかけで終身刑であったが若くして死んでくれたのは良かった事ではある。
もしかしたら自身がもうじき死ぬ事を知っていた為「死なば諸共」精神で行った犯行なのかもしれない。
コメント
コメント一覧 (8)
男色で性病になった同性愛者だけど、老人の強姦殺人じゃなく殺害相手の中には老婆もいる純然たる快楽殺人鬼。
死なばもろともがだんだん快楽に変わり、逮捕されたら名を残すためだけに司法取引に応じて余罪を吐く。
ゲスな奴だ。
早死にしたのはいいことだ。
そういえば猿痘(モンキー・ポックス)まだ詳細はつかめてないけど、性病扱いされる可能性が濃厚ですね(断定できたわけじゃないのでまだ憶測で云々してるに過ぎない)
コロナも2年前まで性病扱いされてた時がありましたからね。
ただの感染症でかぜのようなものだというのを認めるようになったけど、性病扱いしてた時の混乱はひどかったし、村八分もおぞましかったですよね。
そうですね。
殺人鬼としてはなかなか高スペックですね。
コロナが大分落ち着いてきたと思ったから今度は猿痘ですからね。
痘という事なので顔や体に症状が出るのでそういった意味ではコロナよりはわかり易いです。
ただ偏見とか差別とか生まれそうで怖いですね。
黒人差別とは切っても切り離せない問題ですからね。
以前、アメリカはマイノリティの運動が活発な一方、
例えば黒人女性のような属性は「二重の差別」を受けながら、
なかなか脚光を浴びないというお話をしました。
恐らく黒人のゲイも、未だに光を浴びる事が出来ない、米社会の深淵かも知れません。
近年でも、アフリカ系アメリカ人のHIV罹患率は、白人の8倍に上るそうです。
昔「アイアムエイズ」という都市伝説がありましたが、
当時のアメリカは猶更、黒人でゲイ=HIV扱いされていたのかも知れません。
このように、普段から孤立している事から、若しHIV感染が分かっても、
一般社会からもゲイ界隈からも村八分であり、社会的破滅も同然です。
早期発見だから良かったじゃないか、なんて軽々しく言えるものでもありません。
残念ながらジェフリーの写真はありませんが、ゲイは人種問わず存在し、
欧米では新規感染者における半数が、男性同士の性交によるものなので、
彼らのセーフセックスが引き続き課題になっています。
確かに黒人のゲイて想像がつき難く白人よりも気持ち悪い感じを受けますね。
アイアムエイズという都市伝説ありましたね。
まだエイズの事がよくわからない恐ろしい病気だと思われていた時代だから発生した都市伝説といえます。
基本的に男女間の普通の性行為でのHIVの感染率は0.2%程度と言われており、毎日見ず知らずの相手と行為に及ばない限り容易にはうつりません。
大体が同性 (男と男) によるものなのでそこが問題ですね。
当時はエイズはまだ謎多き死の病でしたし差別も多かったでしょうその差別の原因の一つはこいつみたいなクソ野郎のせいですね。
多いですね。
確かに寝たきりや病気を苦に死にたいと思う患者はいるでしょうけど、こういった犯罪者は自分の為ですからね。
そうですね。
病気はこういう鬼畜にも容赦ないのは良いですね。
ゲイを標的とする事件て結構ありますね。