
オト・ビーダーマン (チェコ)
【 1973 ~ 】
オト・ビーダーマンは、1973年8月5日、チェコ (当時はチェコスロバキア)・ブランディース・ナト・ラベム=スタラー・ボレスラフで生まれた。
ビーダーマンが生まれてすぐ一家はコリーン地区のトルストヴォウシに引っ越した。
愛情深い家庭で大切に育てられたビーダーマンは平均的な学生であり、学校で問題を起こす事もなく普通の少年であった。
小学校卒業後、コイェティーンSOUで蒸留酒とブドウ栽培を中心とした生化学分野の勉強を始めた。
しかし、2年の時に規律上の問題から学業を中断せざるを得なくなり、ビーダーマンはコリーンの蒸留所で働く事となった。
1年後、ビーダーマンは再び学校に戻り、優秀な成績で卒業した。
ビーダーマンは1993年まで蒸留所で働き、武器や格闘技に強い関心を持ち始め、警備員の仕事に就いた。
ビーダーマンは「Kolínský Gang (コリーンスキー・ギャング) 」というギャングに所属した。
ギャングには他にアイヴァン・ブライベル、ミラン・フラデック、ミロスラフ・カルノシュ (後の新メンバー) 、ロマン・プロチャツカ、イジー・スチャスティニー等が所属していた。
1993年春、警備会社のオペレーションディレクターであるブライベルは、他の2人の社員プロチャツカとスチャスティニーと一緒にプラハのクローネ百貨店で仕事をする予定であった。
この施設の警備はブライベルらの代理店が担当していた為、建物のセキュリティについてはよく理解していた。
プロチャツカとスチャスティニーは、サービスのユニフォームを着て裏口に入り、警備員を排除して金庫を奪う計画を立てる。
だが、誰も警備員を殺す勇気がなく、ブライベルたちはビーダーマンを説得した。
同年7月6日夜から7日にかけて、スチャスティニーとビーダーマンは仲間のヤロスラフ・パブリチェクと服を着てクローネ百貨店に到着する。
プロチャツカが建物の前で待機していると、ビーダーマンは警備員のジョゼフ・ドヴァニッチ (36歳♂) をトンファーで攻撃した。
ドヴァニッチが地面に倒れると、プロチャツカとスチャスティニーが襲いかかり、最後はナイフで刺して殺害した。
3人は300万チェコ・コルナ (約1500万円) 以上を奪い逃走する。
ビーダーマンは犯行の主力であったが、20万チェコ・コルナ (約100万円) を受け取っただけだった。
1995年春、小さな手袋工場のオーナーであるマーティン・スラブ (28歳♂) は、自宅の金庫に多額の資金を置いていた。
スラブはその資金でアメリカに行く計画を周囲の人に話していた。
スラブの事を知っていたビーダーマンらギャングメンバーは、人気のない場所にスラブを誘いそこで殺害して持ち歩いていると思われる金庫の鍵を奪う計画を立てる。
同年6月1日夜、ビーダーマンとパブリチェクはシュクボレツでスラブと会い、プラハ21区のビリヤードクラブに誘った。
そして、駐車場でスラブが車から降りるとビーダーマンが近づき、頭と心臓を撃って射殺した。
その後、スラブの遺体をフラデックの家に運んだが、遺体を調べた所、7000チェココルナ (約3万5000円) といつくかの明細書が見つかっただけで肝心の金庫の鍵が見つからなかった。
ビーダーマンらは遺体を埋葬すると、鍵なしで金庫を押収しなければならなくなった。
数日後、ビーダーマンらはスラブの家に侵入し、望み通り金庫を盗んだ。
だが、金庫を開けても中にお金は入ってなかった。
実は夫の失踪後、妻が金庫からお金を持ち出していた為だった。
また、妻は当局に殺人の日にビーダーマンとパブリチェクを見かけたと述べたが、あまり信用出来る証拠ではないとして取り上げられなかった。
同年6月7日、ビーダーマンとフラデックはガソリンスタンドを襲撃する事に決め、プラハ9区にある「MOTAポンプ」に向かった。
フラデックが車を見張っている間、ビーダーマンはズデネク・ランガー (43歳♂) にタバコ1箱を頼んだ。
ランガーが用意していると、ビーダーマンはリボルバーを取り出しランガーの頭に突きつけた。
ビーダーマンはお金を出すよう指示し、ランガーは3万チェコ・コルナ (約15万円) の入った財布をビーダーマンに渡した。
その時、中の様子を確認する為にフラデックがドアを開けた。
その瞬間、ランガーが逃げようと動いた為、ビーダーマンはランガーの頭を撃った。
その後、立ち去ろうとした時にランガーの頭を再度撃って射殺した。
ビーダーマンはフラデックと一緒にその日の夜にナイトクラブで盗んだお金を使った。
パブリチェクはプラハの土地を相続しており、ブライベルはその土地を手にしてビジネスに利用したいと考えた。
ブライベルはパブリチェクに適正な価格で土地を購入する意思を伝えた。
同年9月28日、ビーダーマンはパブリチェク (27歳) を迎えに行き、自身の部屋に招きソファに座らせた。
すると、ビーダーマンはタンスからサブマシンガンを取り出し、パブリチェクに向かって6発撃った。
パブリチェクはすでに死亡していたが、まだ動いているように感じした為、ビーダーマンは心臓を短剣で刺した。
殺害後、遺体を衣装ケースに入れ、夜になって家の近くに埋めた。
パブリチェク殺害時、家族も家にいたが、ビーダーマンが部屋でよく銃を撃っていたので銃声に特に驚きもしなかった。
しかし、この時点で土地は完全にパブリチェクに譲渡されておらず、結局、ブライベルは土地を手に入れる事が出来なかった。
同年末、ブライベルはリトヴィーノフの起業家グループから声をかけられる。
起業家たちはヴセティーン地区の2人に、商品の代金として200万チェコ・コロナ (約1000万円) の借金があった。
そこで、起業家たちは2人の内1人を殺す事に決め、トーマス・ブレイアー (45歳♂) にする。
ブレイアー殺害を請け負ったのはビーダーマン、フラデック、そして、新入りのカルノシュであった。
3人は儲かる話でブレイアーを誘い会うと、ブレイアーは非鉄金属にしか興味がないと話した。
1996年1月17日、ビーダーマンらはブレイアーをアポロホテルに招待する。
ビーダーマンは事前に盗んだIDカードを使ってホテルの部屋を確保していた。
部屋にはビーダーマンとカルノシュがおり、フラデックは車の中で準備して待っていた。
2人はブレイアーに銅の売買について話を持ちかけると、ブレイアーは2人に約束の銅の大きさを聞いた。
カルノシュが外の倉庫にあると話し、ブレイアーは促されて窓際に立った。
すると、ビーダーマンはブレイアーの口に手をあて、短剣で腹部を刺した。
ブレイアーが痛みで床に倒れうつ伏せになると、2人は喉と胸を数回殴り殺害した。
2人はブレイアーの遺体をベッドに寝かせると、部屋に鍵をかけ鍵と錠を壊した。
ブレイアーは広範囲なビジネス活動を行っていた為、捜査は郡の警察部隊も派遣され大規模に行われた。
すると、ブレイアーが殺害された日、泥だらけのナンバープレートを付けた赤いルノー25を目撃した通行人が現れ証言した。
ブレイアーの家族は電子日記を解読し、その中でブレイアーが殺される少し前に赤いルノーに乗るミロスラフ・カルノシュという男性と会っていたという情報を見つけた。
警察はカルノシュを逮捕し、尋問を行うがカルノシュは殺人を否認した。
しかし、カルノシュはビーダーマンとフラデックの名前を告白した為、2人はすぐに拘束された。
2人の逮捕によりカルノシュはこれまでの犯行の全てを告白した。
この告白によりプロチャツカとスチャスティニーも逮捕された。
1998年から1999年の間にビーダーマンらギャングのメンバー全員がそれぞれ有罪となった。
スチャスティニーは12年6ヶ月、プロチャツカは13年、フラデックは18年 (当初は25年だったが控訴して18年となった) 、ブライベルは24年6ヶ月、そして、ビーダーマンは終身刑がそれぞれ言い渡された。
《殺人数》
5人
《犯行期間》
1993年7月6日~1996年1月17日
∽ 総評 ∽
ビーダーマンはギャングのメンバーの中でも群を抜く異常性で、殺人の全てをビーダーマンが行った。
まるでギャングの中でもヒットマンのような存在だが、他のメンバーが情けないだけともいえる。
これまでギャングによる犯行というのはいくつも紹介してきたが、当然犯罪を行っている。
殺人も行っているので掲載してきたのだが、このビーダーマンらのように強盗殺人を目的とし、そればかりを行うギャングというのは珍しい。
5人全員が罰せられたのは良かったが、判決に差があるのが納得いかない。
全員終身刑以外の選択肢など皆無である。
コメント
コメント一覧 (10)
強盗で渡米しても、また高跳び先の米でも強盗殺人をするのは目に見えています。
逮捕されて終身刑になったのは幸いですが、元々強盗殺人で食ってきたチンピラ
再犯は目に見えています。
全匹死刑じゃないと納得いかんが、さすがに死刑は無理だな。
ヒューマンバグ大学というYOUTUBEチャンネルでは今日のようなクズが別のヤクザもんに共食いされる話が出てきますが、個人的にはほかのスカッとよりもスカッとしますね。
法も守る気もないクズは別の同類の餌になるという落ちに。
個人的にはよそに迷惑をかけない分には共食いは推奨しますね。
こういう輩てもう犯罪でしかお金を得ようと考えませんよ。
これから安い給料の為に真面目に死ぬ気で働くと思いますかね。
絶対働くわけないですよ。
犯罪者同士の共食いは大いに結構ですね。
自国民の安全の為にも処分すべきでしたね
いやー本当ですよ。
詳しくは忘れたのですが、昔、チェコスロバキアだったと思うのですが、チェコとスロバキアに分かれる際、政治の混乱で犯罪者が野放しになった事があります。
当然、巷では犯罪が横行し、とんでもない事になってます。
北斗の拳のようなヒャッハーのような時代て大袈裟でないですよ。
古い記憶なんですが、プラハの中心を流れる川をモルダウと言い、
スメタナの「わが祖国」で歌われていた川でした。
チェコスロバキアは1989年の民主化と共に死刑を廃止しましたが、
1993年に連邦を解消し、現在は共にEUに籍を置いています。
東欧は民主主義への移行に伴い、ユーゴスラビア紛争が起こりましたが、
ソヴィエトという大国の崩壊に伴う余波は、とんでもない対立を生んだのですね。
近年はNATO加盟国が増え、米露の軍事的境界線が接近しているようです。
また朝鮮戦争やベトナム戦争のようにならなければいいのですが。
ほとんどの人が思ってないと思いますが、近年は冷戦状態以上の緊迫した状況が続いています。
ロシアとヨーロッパ、中国とアメリカの関係は想像以上に深刻です。
いつ第三次世界大戦が起こっても不思議でなりません。
そこなんですよね。
親の虐待とかでもないですし。
内に秘めたる異常性が何かをきっかけで開花したのかもしれませんね。
スカーフェイスというあだ名で脱税や殺人を行っていました。
アル・カポネてあの有名な人物でしょうか。