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エディン・ガチッチ (ボスニア・ヘルツェゴビナ)
【 1976 ~ 2019 】



エディン・ガチッチは、1976年、ボスニア・ヘルツェゴビナのバニャ・ルカで生まれた。


1998年、ボスニア軍の「エル・ムジャヒド」部隊に所属していたガチッチは、同じ部隊の分遣隊に所属するイスメット・グニッチ () を殺害する。

ガチッチが所属していたこの部隊は、被拘禁者を斬首するという戦争犯罪で知られる残忍な部隊であった。


1999年、ガチッチは懲役8年が言い渡された。

刑期の3分の2年が経過した後、ガチッチは週末に休暇の名目で外に出る事を許可された。


2002年8月25日、週末の休暇で外に出たガチッチは、ゼニツァで母親を2発撃って射殺した。


2003年、ガチッチは懲役20年の判決が言い渡された。

15年後、ガチッチは釈放された。


2019年2月4日、ガチッチは店を経営するソウダ・スルタニッチ (39歳♂) を自動小銃で撃ち、ナイフで刺して殺害する。

犯行の様子は店内の監視カメラによって全て記録されており、ガチッチは逃走し隠れる。


同年2月8日、ガチッチはサラエボ近郊にある警察訓練場で警察官のマヒア・ベギッチ () を射殺する。

ガチッチはベギッチの胸を3回、頭を1回撃った。

ベギッチの遺体は同僚によって発見された。

弾道検査の結果、ベギッチが撃たれた銃とスルタニッチが撃たれた銃が同じ武器であると断定された。

ガチッチは森やコテージに隠れ、現在の様子について検索して情報を募った。

しかし、約1200人という警察官が派遣されて行われた大規模な捜索の末、キセルヤク近くのメドヴェディスとザブレの集落の間でガチッチは発見される。

そして、特殊部隊によってガチッチは包囲された。

ガチッチはこれまでの犯行に使用した銃で抵抗し、数人の特殊隊員を負傷させた。

しかし、ガチッチは狙撃犯のライフルによって射殺された。



《殺人数》
4人

《犯行期間》
1998年~2019年2月8日



∽ 総評 ∽

ガチッチは元軍人であり、こういった鬼畜が軍人だったというのは驚異でしかない。

実際に最後は1週間程抵抗を示しており、負傷者や警察官が射殺される程であった。

ガチッチはどのような幼少期を過ごし、どのように育ったのか詳細がないのでわからないが、仮に犯罪歴がなかったとしたら、陰惨で残虐な部隊にいた経験がおそらく精神に影響したと思われる。

最後は無様に射殺されているが、ボスニア・ヘルツェゴビナは死刑を廃止しているので非常に良かったと思う。