_20210904_082339
アウダ・セーラム (サウジアラビア)
【 ? ~2014 】



アウダ・アフマド・アウダ・セーラムは、イエメンで生まれるが、家族と共にサウジアラビアへ移住した。

セーラムは妻子を虐待したとして逮捕されるが、それが2度あった。

セーラムは当局にサウジアラビア人学生であると見せかけ、常に複数の偽造書類やパスポートを携行していた。

その為、偽名の罪で逮捕された。


2007年9月8日、セーラムは以前からインドネシア人のメイド、ハリマと電話で関係を築き、一緒に逃げようと説得した。

セーラムはマディーナ州ヤンブー北部のコーニッシュでハリマと会い車に乗せた。

その後、ハリマをゲストハウスに連れて行った。

そこでセーラムはハリマを強姦し、棒で殴った後、最後は枕を顔に押しあて窒息させた。

ハリマの遺体はアル・ナキル高速道路近くの砂丘に埋めた。

この犯行は気づかれる事はなく、後にセーラム逮捕後の告白によって判明した。


2009年、セーラムはヤンブーの工業地帯の駐車場で1人で座っているメイドを見つけた。

セーラムはメイドに近づき、人里離れた場所に一緒に行くよう説得する。

そこで、セーラムは確実に殺す為に大きな石を拾って頭を3回殴って殺害した。

その後、死体をゴミ袋に入れ、現場近くに埋めた。

この犯行も発覚する事はなく、セーラムが逮捕される事はなかった。


同年、歩道橋近くでメイドと出会い、説得して家に連れ込んだ。

メイドはセーラムに抵抗し、何とか逃げる事が出来たが、追いかけてきたセーラムに捕まってしまい3回刺されて死亡した。

その後、死体を車に乗せ自宅に運び、ベンジンや酸をかけ火傷を負わせ、最終的に埋めた。

地元の警察は3件の失踪事件については把握はしていたが、何の手がかりもなかった為、捜査は進んでいなかった。

すると、捜査から4ヶ月後にセーラムの息子が逮捕される。

逮捕された息子は、父親が路上で女性を刺しているのを見たと話した。

この事で警察はセーラムの行動を監視し始め、セーラムが偽造パスポートを使用していた事を突き止め逮捕した。

そして、セーラムの家を捜索するとパスポートが見つかり、携帯電話には行方不明となっているメイドの写真が入っていた。

セーラムは厳しい尋問を受け、これまでの犯行を告白した。


2010年、セーラムは殺人の他、強姦と姦通の罪で起訴されると、検察側は今後、模倣殺人を抑止する為、シャリア法 (イスラム教の制度) に基づき有罪となった場合は死刑にするよう求めた。

裁判でセーラムは全ての容疑を否認し、もし有罪となった場合はサウジアラビア最高司法評議会に控訴する事を表明した。

しかし、セーラムは有罪となり斬首による死刑が言い渡された。

セーラムは控訴するがその都度控訴は却下された。


2012年、裁判所は斬首による死刑判決を取り消し、磔刑による死刑に変更した。

この判決は最高裁判所も支持した。


2014年8月7日、セーラムはヤンブーで公開処刑された。

セーラムはまず首を切断され、その後、頭を体に縫い付けられ遺体は晒された。



《殺人数》
3人 (他偽造等犯罪多数)

《犯行期間》
2007年9月8日~2009年



∽ 総評 ∽

『The Yanbu Serial Killer (ヤンブーのシリアルキラー) 』または『The Yanbu Rapist Killer (ヤンブーの強姦魔殺人者) 』と呼ばれ、3人のメイドを殺害したセーラム。

セーラムは元々イエメンの出身であり、どういった理由でサウジアラビアに移住したのか詳細がわからない (ただ、イエメンとサウジアラビアは隣国であり、全く文化の違う国に移ったわけではないが) 。

セーラムの標的は全員メイドであったが、狙った相手がたまたまメイドであったという事はないだろう。

おそらく何らかの理由でメイドを狙ったのは間違いない。

全く関係ないが個人的には『The Maid Killer (メイド殺人者』の方がぴったりなネーミングだと思う。