
リヒャルト・クラリー (アメリカ)
【 1960 ~ 】
リヒャルト・ノルベルト・クラリーは、1960年7月18日、ドイツ (当時は西ドイツ) ・ヴィースバーデンで生まれた。
父親はアメリカ・ミズーリ州カラマズー出身でヴィースバーデンに駐在するアメリカ人将校であり、母親がドイツ人であった。
クラリーには3つ下の弟ポールがいたが、父親はほとんど家にいなかった為、母親は子供たちを溺愛した。
クラリーは好きな事をさせてもらい、その結果、我が儘で自分勝手な性格に育ち、学校に行かなくなるとアルコールとLSDを中心とした薬物に溺れた。
喧嘩に明け暮れ頭部を負傷する事が多かった。
クラリーはアドルフ・ヒトラーの「我が闘争」を読んで夢中になり、精神的に強く影響を受ける。
そして、夢の中でナチスの著名人たちの声を聞くようになり、
『アメリカ人を皆殺しにする使命がある』
と言われるようになる。
10代の頃、オレゴン州に住む叔母の家に身を寄せ、その後、父親の出身地であるカラマズーに落ち着いた。
19歳の時、フラビオ・レングスと共に何の関係もない善良な市民を襲う計画を立てた。
1979年12月18日、カラマズーでクラリーらはジャック・スチュワート (♂) の車に乗り込むと、財布を奪った。
そして、スチュワートの背中を刺すと車から押し出しそのまま車に乗って逃走した。
スチュワートはすぐに警察に報告し、クラリーたちは高速道路を下るが、その直後、進入してきた車を避けようとしてベントン・ハーバーの中央ビジネス地区にある電柱に衝突した。
車は炎上し、クラリーとレングスが車から逃げ出すと、現場に到着した警察官により逮捕された。
2人は近くのブロンソン・メソジスト病院に運ばれ、クラリーは頭部の傷とLSDの過剰摂取による治療を受けた。
クラリーらは数年間刑務所に収監された後、釈放された。
1984年1月3日、クラリーは不法侵入の罪で服役していたカラマズー矯正センターから仮釈放された。
同年4月15日、クラリーは地元のバーを知人のロバート・バランスキー (36歳♂) と出ると、バランスキーの車に乗り込んだ。
そして、2人きりになると、クラリーはバランスキーを撃ち、遺体をサウスヘブンの桟橋に捨てた。
その後、別の友人であるジョン・アッシャー (17歳♂) を車に乗せ、カリフォルニア州へ向かった。
しかし、途中でクラリーは車のコントロールを失いニューバッファロー郊外の州間高速道路94号の休憩所付近の溝に落ちてしまう。
別の車が必要となったクラリーとアッシャーは、ミシガン州デトロイトに家族を訪ねて来たカリフォルニア州サンタモニカの旅行セールスマン、フロイド・ホームズ (59歳♂) のトラックに忍び寄り頭を撃って射殺した。
トラックを奪って逃走しようとするが、トラックを動かす事が出来ず諦めた。
続いてクラリーらはノースダコタ州ウィンブルドンに住むディーン・ブルテマ (28歳♂) のトラックに狙いを定める。
ブルテマはオウォッソで売る予定のアンティークカーを牽引していた。
クラリーはブルテマを射殺し、遺体を適当に捨てた。
トラックにエンジンをかけ今度は動かす事が出来たが、ほどなくして休憩所で泥にはまってしまう。
クラリーはアッシャーをトラックに残して徒歩で逃走し、アッシャーはその場で逮捕された。
ミシガン州とインディアナ州から30人以上の警察官が出動し、ヘリコプターや警察犬を駆使して農村部の廃屋にクラリーの痕跡がないかを探した。
数時間後、インディアナ州ラ・ポルテのガレージの屋根裏に隠れていた所を逮捕された。
逮捕されたのは4月18日であり、クラリーの暴挙は15日から丸4日間に渡って行われた。
翌日、クラリーはバランスキー殺害を自供し、サウスヘイブン近くの湖に遺体を捨てたと述べた。
クラリーはホームズとブルテマ殺害でも追及され、アッシャーは武器を隠し持っていた罪で拘留された。
その間、バランスキーの遺体の捜索が行われ、1ヶ月後にミシガン州南西部の海外に漂着したバランスキーの遺体が発見された。
裁判の前、クラリーには法医学精神医学センターで診察を受ける事を命じられた。
数日間の診察の結果、幼少期の荒れた生活、ガールフレンドがアメリカ人に妊娠させられた事からアメリカ人に強い恨みを抱いていたものの、自身の行動を十分理解しており、知性を持っていると診断された。
裁判では50人以上が証言したが、心理学者はクラリーが周期的な統合失調症を筆頭に様々な障害を抱えていたと述べた。
同年12月21日、クラリーはホームズ殺害で終身刑が言い渡されるが、判決の際、クラリーは無表情であった。
更に2ヶ月後、クラリーはバランスキー殺害で2回目の裁判を受ける事となった。
クラリーは殺人を認めたが、嘆願を申請した為、終身刑となった。
2年後、クラリーは控訴するが却下された。
心理学者レナード・ドンクの報告書によると、クラリーは犠牲者が流す血によってより良い生活に導かれると信じており、西ドイツに住んでいた15歳の頃からすでに殺人を行っていたと主張した。
クラリーは合計150人の殺人を告白した。
また、殺人中は異様な興奮状態にあり、ヒトラーの教義に従いユダヤ人、黒人、アジア人などのマイノリティを標的にしたと主張した。
クラリーの告白を受け西海岸のいくつかの州で調査が行われたが、クラリーの主張はいずれの未解決事件とも一致しなかった。
ドンクはクラリーを
「精神病的、偏執狂的、サイコパス的、統合失調症的であり、長期に渡るアルコールと薬物の乱用によって脳に損傷を受けたように見える」
と表現している。
《殺人数》
3人
《犯行期間》
1984年4月15日~18日
∽ 総評 ∽
クラリーは心理学者によると数々の精神病に苦しんでいた。
その要因がアルコールと薬物の乱用によるものとされるが、アメリカではこういった事で精神が破綻する犯罪者が非常に多い。
映画とかみればわかるが、若者が集まりアルコールに薬にどんちゃん騒ぎするシーンも多々みられる。
アメリカも未成年者がアルコールを容易に手に入れる事は難しく、深夜のアルコール販売自体禁止である。
日本よりアルコールに対しては厳しいのに何故こんな事になるのか。
また、ドイツ人の血だからなのか何故かヒトラーに憧れた。
憧れるのは勝手にすればいいが、他人に迷惑をかけるのはもっての他である。
コメント
コメント一覧 (17)
ドイツ兵と米女性のハーフだけど、先日の毒殺魔も日米のハーフでしたね。
この少年も母親による過剰な甘やかしと父親不在の寂しさ、差別などからくるってしまったと推測できますね。(ただし弟ポールがまともかどうかは不明)
150人はさすがにあてにならんけど、証拠がしっかり残っている3件で終身刑にしたのは英断です。
日本では死刑にはできても再審になる案件ですから。
ハーフというのは異国では迫害とか受けるのかもしれませんね。
こういった殺人鬼は自身を誇張して語りがちなので殺人数はあてにはなりませんが、アメリカは世界屈指の行方不明者数を誇る国なのであながち嘘でないのが恐ろしいです。
こんな危険な存在が長年放置されてたって考えると本当に恐ろしいですね150人以上殺してるってのは流石に誇張か妄想でしょうけど逆さにして振れば余罪がボロボロ落ちてくるでしょうね。
こんなの野放しにしてるなんて危険しかないですよ。
150人以上は流石に嘘だと思いますが3人というのも嘘でしょうね。
薬物中毒者は危険ですからね。
薬中でアル中ですからね。
一番最悪な組み合わせです。
このクラリーは米国を牛耳っていたのはユダヤ人と都合よく解釈していそうですが、
実際の支配階級であるアングロサクソンを狙わなかった点は小心者という感じがします。
アメリカの政治家もアングロサクソンとプロテスタントばかりらしいですが、
今回のバイデン大統領はアイルランド系でカトリックだそうです。
まあ日本人から見れば、アイルランド人とフランス人の違いが分からないのと同じで、
白人からは日本人とタイ人も一緒なんでしょうね。
当然あったでしょうね。
欧米の人は正直区別つかないですね。
仰る通りアジア人もそうなんでしょうけど。
日本刀ではないですが似たような事件が1927(昭和2年)に起きてますね。
授業中に小4の女の子がメートル尺を用いて同級生を殴打したという事件です。被害者の子は脳震盪で亡くなったみたいです。
学校関係ですが、いじめも最近の問題のように考えている人が多いですけど実はそうでもないみたいです。戦前から学校の隠蔽もありましたし、なんなら直接暴行したヤツでも甘い罰で済んでたそう。
どのような教育なら理想なんですかね。
私には説明出来ませんが、何が正しいのかは誰も説明出来ませんよ。
1年前は金を使い込み、ねこばばして追い出された独裁者でしたね。(独裁者シリーズの1つ)
ヒトラーは別格ですが、ほとんどの独裁者はクソ。
それを知らない無知が勝手に独裁者にあこがれたとか言い訳して殺害を犯すんです。
今日の鬼畜のように。
しかも、自分を殺すかもしれない危険分子だとも知らず。
独裁国家の独裁者は凶悪犯罪者の劣等クソゴミなんてすぐぶっ殺すぞ。
それも知らんのかボケと怒鳴りつけたいです。
しかも、死刑がない民主主義国家で暴挙に及んでる卑怯者も数多。
いい加減にしろ。
よくある事ですけどね。
今の時代独裁者に憧れる意味がわかりませんね。
何が尊敬や崇拝に値するのか教えて欲しいです。
被害者遺族からならまだしも自ら申請できるなんて。自分の命は大事なんですね。
腹立ちますね。
当然自らの命は大事なんでしょうね。
最初の事故で死んでくれてたらと思うばかりです。
本当ですよね。
そういう所は悪運が強いですよ。