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チョン・ドゥ=ヨン (韓国)
【 1968 ~      】



チョン・ドゥ=ヨン (漢字:鄭斗英) は、1968年12月31日、韓国・釜山で生まれた。

チョンは兄1人姉1人の3人兄弟の末っ子であった。

チョンは2歳の時に父親が亡くなり、母親が再婚した為、チョンは叔父と暮らすようになった。

その後、チョンは孤児院で幼少期のほとんどを過ごした。

チョンは自身の容姿にコンプレックスを抱いており、それが終生チョンの精神を追い詰めた。


1986年、17歳の時、チョンは警察官のキム・チャンイル (43歳♂) を殺害する。

殺害理由を問われたチョンは、

「警察官に無視されたと思ったから」

と述べた。

裁判でチョンは懲役11年が言い渡された。

釈放後、チョンは窃盗で逮捕され、懲役6ヶ月が言い渡された。


1999年6月2日、釜山の高級住宅地で1人暮らしをしていた家政婦イ・ヨンジュが、顔の一部を無惨に刺され死亡した。

当時、ヨンジュの家が釜山高等検察庁の隣にあった事が話題となったが、特に意味はなく単なる偶然であった。


同年9月15日、チョンは釜山市西区の高級別荘からお金を盗もうとした際、家政婦を無惨に殺害した。


同年10月21日、蔚山 (ウルサン) の高級住宅地で、53歳の母親と24歳の息子が殺害される。

この事件は他の事件であった物盗りが見られなかった為、警察は犯人の「overdrive (暴走状態) 」に注目したが、これまでの釜山での事件との関連性は認められなかった。


2000年3月11日、釜山西区の高級住宅地で、女性2人組がバットを持った男性に襲われる。

1人は殺害されるが、もう1人が「赤ちゃんがいる」と言った為、生かされた。

警察は生存者の供述のもと、犯人を背の高い20~30代の男性とし、情報を全国の警察に送った。


同年4月8日、チョンは釜山東区で、チョン・ジンテ (76歳♂) と家政婦をナイフで殺害し、ジンテの妻も殴った。

そして、2430万ウォン (約240万円) 相当の小切手を盗んだ。

その後、天安 (チョナン) でチョンは逮捕された。

逮捕後、チョンはこれまでの犯行を告白した (釜山、蔚山、慶尚南道での9人) 。


同年7月21日、釜山地方裁判所はチョンに死刑を言い渡した。

また、チョンの義兄キム・ジョンヨンも共犯者として逮捕され、懲役1年6ヶ月が言い渡された (ジョンヨンは共犯者であったがチョンが殺人を行っている事は知らなかった

チョンとジョンヨンは判決を不服として控訴した。


同年11月30日、釜山控訴裁判所は全ての控訴を棄却し、判決を支持した。

チョンは最高裁判所への上告を断念し、死刑が確定した。


2016年、チョンは大田 (テジョン) 刑務所で、作業中に密かに作っていた梯子を使って脱獄をしようとした所を捕まった。

チョンは3つの壁の内、2つを越えたが最後の壁を越える事が出来なかった。


最後に逮捕後の供述で述べたチョンの発言で終わりたいと思います。

「人並みの普通の家庭を持ちたかった」



《殺人数》
9人

《犯行期間》
1986年~2000年4月8日



∽ 総評 ∽

チョンの犯行は高級住宅で強盗に及ぶという典型的なものであったが、17歳の時に警察官を短絡的な理由で殺害する異常者であった。

この時点でチョンはすでに取り返しのつかない精神状態にあったといえる。

チョンは最後の言葉にもある通り、子供の頃の悲惨な環境が精神を蝕んだとされるが、コンプレックスもそれに拍車をかけた。

ただ、コンプレックスは誰もがある事だし、チョンは長身で容姿のどこにコンプレックスがあったのかわからない (コンプレックスは人それぞれなので何とも言えないが) 。

チョンは死刑判決を言い渡されているが、韓国は死刑を廃止しているわけではないが、1997年に最後の執行を行って以来執行しておらず、現在は事実上の廃止状態にある。

その為、チョンは執行される事はまずない。

アジア諸国は日本を含め死刑存置が多く、その為、ヨーロッパ諸国からよく批判を受けている。

はっきり言って余計なお世話だが、そんなヨーロッパに気を遣って死刑に消極的なのが韓国である。

韓国の日本に対しての態度は語るまでもないが、そんな自国愛が強く世界で最も優秀な民族だと自負するのなら他の国に影響など受けずに我が道を突き進めばいい。

そういった中途半端な姿勢が韓国が世界から非難される所である。