_20210807_210509
ファリド・バグラーニ (イラン)
【 1968 ~ 2010 】



ファリド・バグラーニは、1968年、イラン・アバダンで生まれた。

バグラーニは母親と祖父に育てられたという事以外、生い立ちについてはほとんどわかっていなかった。

バグラーニ本人によると、母親が従姉妹だと信じていたが、事実を知った後も母親から嫌がらせをされ関係がギクシャクしてしまったという。

そんなバグラーニは、街で女性を襲い暴行する事で地域にその名を知られていた悪名高き祖父に強く影響を受ける。

成人するとバグラーニは結婚し、4人の子供をもうけアバダンの富裕層に雇われる労働者や庭師として働くようになった。

しかし、バグラーニは年々女性蔑視の衝動が高まり、言動が目立つようになっていく。

1995年に1年、1999年に4年のそれぞれ女性への暴行罪で懲役を受けた。


2004年、釈放されたバグラーニは元の仕事に戻るが、仕事を終えると自転車に乗って被害者を物色した。


同年末、ホラムシャール近郊の木立の中で、少女のヌール・プール・アリを殺害する。

バグラーニは殺人後、街から逃げ出し、しばらく大人しくしていたが、数ヶ月後、再び殺人の衝動に駆られる。


2005年9月22日、バグラーニがシャットゥルアラブ川近くを通ると、1人で歩いている少女 (10歳) を見かけた。

バグラーニが少女に襲いかかろうとするが逃げ出し、少女の従兄弟ホセインがバグラーニに気付いた。

バグラーニは2人共殺害し、死体を砂丘に埋めた。


同年11月6日、バグラーニはカディージェ・モグハンダム (13歳♀) を殺害する。

この時、バグラーニは背後からモグハンダムを襲ったのだが、被害者を背後から襲う方法が簡単で効率が良いと考える。


同年12月~2016年1月の間、バマンシール水路のそばを歩いていたラミー・サブァーリ (28歳♀) を見かけると、バグラーニは自転車を降りて近づき、鉄の棒で殴り殺した。

殺害後、遺体を近くの砂丘に埋めた。


2006年2月20日、アバダンでマヒンという名の女性を殺害する。

バグラーニはマヒンの背後から近づき、鉄の棒で頭を殴り殺害した。


同年2月~7月の間、ホラムシャールでファテメ・ナセリ (12歳♀) を殺害した (この殺人に関しては詳細が明らかにされていない) 。


同年7月16日午前10時30分頃、バグラーニはアバダンのタグラニ病院の裏で、マリアム・ハッダディ (11歳♀) が遊んでいるのを目撃する。

バグラーニは自転車を降りてハッダディに近づき、鉄の棒で足を殴った後、頭を殴って殺害した。

その後、ハッダディが身に付けていたブレスレットや宝石を盗み、遺体を道端に捨てた。


同年8月20日、アバダンでセイー・アテフィー・パーマーマウド (9歳♀) を殺害する。

この殺人についても詳細は明かされなかった。


同年8月~11月の間、バグラーニは自転車に乗ってアバダン周辺を巡っていると、ナルゲス・カーラフィー (9歳♀) と遭遇し、棒で殴った。

カーラフィーが地面に倒れると、更に鉄の棒で頭を殴り頭蓋骨を粉砕して殺害した。


同年12月、アバダン近郊をうろついていたバグラーニはナディメ・マアレズ (40歳♀) を殴り殺した。


2007年4月6日、アミナ・シャーフィー (45歳♀) を殺害する (殺害の詳細は明かされていない) 。


同年5月、バグラーニはこれまでの殺人事件の1つで逮捕されるが、告白するのに十分な証拠を集める事が出来なかった為、解放された。


同年9月7日、ハディジェ (50歳♀) という名の女性を殺害する (この事件の詳細も明らかになっていない) 。


2008年4月4日、アバダンでハディジェ・レイシス (50歳♀) を殺害し、遺体を川に投げ捨てた。


同年5月26日、バグラーニはファーテメ・クローシャット (9歳♀) を誘惑し、廃墟に引きずり込むと鉄の棒で殴り殺した。


同年9月、バグラーニがファウジアという女性をナイフで襲う。

ファウジアは瀕死の状態であったが何とか一命を取り留め、警察に報告した。


同年11月、ファウジアの証言をもとに合成写真が作成され、バグラーニの身元が判明し逮捕された。

逮捕されたバグラーニホラムシャールで2件、アバダンで14件、計16件の殺人を自供した。

ただ、バグラーニはメディアが殺人事件の報道に対して間違いを指摘したり、それぞれの殺人事件の現場を正しく再現した。

バグラーニは女性への憎しみから犯行に及んだと説明し、殺人後に少しばかりの罪悪感を感じたが、更なる殺人を止めるにはとても不十分であったと述べた。

精神科医による診断の結果、バグラーニは裁判を受けるのに十分な精神状態だと判断された。

バグラーニは殺人罪で起訴され、死刑を言い渡された。

しかし、尋問の際に警察官によって拷問を受け自白にサインさせられたと主張した。

だが、バグラーニの主張は退けられ、死刑は支持された。


2010年11月13日、アフヴァズのカルン刑務所で絞首刑による死刑が執行された。



《殺人数》
16人

《犯行期間》
2004年~2008年5月26日



∽ 総評 ∽

『The Cyclist Killer (自転車乗りの殺人者) 』と呼ばれ、主に幼い少女を標的としたバグラーニ。

犯行の残忍さもさることながら、殺人の衝動に駆られる様は天性のシリアルキラーといえる。

犯行の詳細はわからない者も多いが、バグラーニは強姦した様子が見受けられない (詳細がないだけで強姦しているかもしれないが) 。

また、強盗目的でもなく、殺人のみに特化しており、生粋の快楽殺人鬼である。

イランはこれまで何人も紹介してきた通り、このバグラーニのような恐ろしい殺人鬼を多数輩出している。

ただ、イランの素晴らしい所は死刑とそれを速やかに執行する行動力である。

中国もそうだが、こういった所は日本も模倣して欲しいものである。