
ウォーレン・グロワツキー (カナダ)
【 1981 ~ 】

ケリー・エラード (カナダ)
【 1982 ~ 】
ウォーレン・ポール・グロワツキーは、1981年4月26日、カナダ・アルバータ州メディシンハットで生まれた。
両親は結婚しておらず、グロワツキーは未婚で生まれた子供であった。
ただ、両親はグロワツキーを育てる為に一緒にいた。
一家は頻繁に国内を移動し、サスカチュワン州エステバン、同州レジーナ、ブリティッシュコロンビア州キャッスルガー等に住んだ。
だが、母親はアルコール依存症であった為、1996年に父親は家を出て行った。
しかし、同年、父親がブリティッシュコロンビア州ナナイモに移り住むと、グロワツキーも一緒に住み始めた。
1997年までにブリティッシュコロンビア州サーニッチの島の南端近くのトレーラーハウスに定住した。
15歳の時、グロワツキーはクラスメートのシリータ・ハートリーと恋に落ちた。
だが、1997年夏に父親がアメリカ・ネバダ州ラスベガスで出会った女性と結婚し、女性が南カリフォルニアに家を持っていた為、引っ越そうとした。
父親はグロワツキーに南カリフォルニアに一緒に行こうと誘ったが、グロワツキーはハートリーと離れ離れになりたくなかったので父親と行かず、トレーラーハウスに1人で住んだ。
父親はグロワツキーの為に生活費として数回小切手を送り、ハートリーの母親はグロワツキーの為に食事を作ったり洗濯した。
グロワツキーはギャングスタ・ラップ (ラップのジャンルの1つで一般的に暴力的な日常をテーマにしたラップ・ミュージックを指す) に夢中になり、地元のクリップスというギャングに憧れた。
グロワツキーはクリップスのメンバーから殴られる事に耐える事でメンバーの一員となった。
ケリー・マリー・エラード (1982年8月9日生) は生まれた時から父親がおらず、何故いないのかは不明であった。
エラードは子供の頃から問題児で、中学の時に暴力を振るう手のつけられない少女であった。
そんなエラードはソシオパス (社会病質者) と診断された。
リーナ・ヴィルク (1983年3月10日生) は、両親はインドからの移民であった。
両親は南アジアのコミュニティにおけるエホバの証人であった。
そんな両親に育てられたヴィルクは、ロサンゼルスのストリートギャングの影響を受けたサブカルチャーを持つグループの仲間になる事を切望するが受け入れられなかった。
ヴィルクはアジア人という事や体型等で罵倒され、いじめを受けた。
ヴィルクは家族の信仰や規則にうんざりしており、反抗からマリファナなタバコを吸うようになる。
そんなヴィルクは親から離れ自由な生活を願い、父親に性的虐待を受けていると虚偽の報告を行う。
これにより1996年に保護され数ヶ月間州の世話になるが、後に報告を取り下げ家に戻った。
1997年11月14日、ショアライン中学校に通う10代の少女たちが、クレイグフラワー橋の下でパーティーを行っていた。
この少女たちの内6人は「Shoreline Six」と呼ばれており、学校でも有名な少女たちであり、その中にエラードも入っていた。
また、その場にはグロワツキーもおり、マリファナやタバコを吸い、アルコールを飲んでいた。
そして、友人によってヴィルクもパーティーに招待されていた。
しばらくして、少女の1人ニコール・クック (1983年生) がヴィルクの額にタバコを押しあて殴り蹴ると、他の少女たちもヴィルクを殴り蹴り始めた。
また、タバコを押しあて、髪の毛に火を付けた。
グロワツキーもヴィルクの頭を2回蹴った。
暴行は3分から5分程続き、少女の1人が暴行を止めるよう叫んだ。
少女の言葉で暴行を止めると、ヴィルクは傷による痛みと出血によりよろめきながら何とかその場を去った。
少女たちはヴィルクのバックパックを川に捨てると、パーティーを切り上げそれぞれ家に帰った。
しかし、グロワツキーとエラードはヴィルクを追い掛けると、ヴィルクを橋の反対側に引きずり連れ込んだ。
そして、靴と上着を脱がせるとエラードがヴィルクの顔を木にぶつけた。
衝撃でヴィルクは気を失い地面に伏すと、エラードはグロワツキーの助けを借りてヴィルクを川に連れ込み水中に沈めた。
ヴィルクは目覚めエラードに抵抗し始めるが、エラードとグロワツキーはヴィルクを必死に水中に沈め、そのまま溺死させた。
事件はショアライン中学ですぐに噂となり、瞬く間に学校全体に広がった (ヴィルクはコルキッツ中学校の生徒) 。
1週間後の同年11月21日、警察はグロワツキーとエラードを含む「Shoreline Six」の少女たちを逮捕した。
6人の少女は年齢を考慮され裁判所の文書では名前を伏せられ、それぞれ「N.C.」「N.P.」「M.G.P.」「C.A.K」「G.O.」「K.M.E」とイニシャルで表記された。
「N.C.」はニコール・クック、「N.P.」はニコール・パターソン、「M.G.P.」はミシー・グレイス・プリーチ、「C.A.K」はコートニー・キース、「G.O.」はゲイル・オームズ、「K.M.E」はケリー・マリー・エラード (エラードは後にシムに改名した) であった。
22日、警察がヘリコプターを使い大規模な捜査を行い、ゴージインレットに漂着したヴィルクの部分的な体を発見した。
検死を行った結果、ヴィルクの死因は溺死であったが、頭部の怪我は溺れていなければそれが原因で死亡したと推測されるほど深刻なものであった。
殺害された時、ヴィルクは14歳という若さであった。
1998年2月9日、6人の少女の内 (エラード以外) 、3人がヴィルクに対する暴行の罪を認め、同年2月13日、更に3人の少女も暴行の罪を認めた。
同年4月から5月にかけて、6人の少女に対し60日から1年の懲役刑が言い渡された。
1999年6月18日、グロワツキーは最低7年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。
グロワツキーのガールフレンド、ハートリーもその夜現場にいたが、途中で気分が悪くなりヴィルクへの暴行が始まる前にその場を去っていた。
その際、グロワツキーはハートリーに家まで送る事を申し出るがハートリーは断った。
もし、この時送ってもらえればこんな事にならなかったと後悔していると述べた。
2000年3月9日、エラードは最低5年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。
同年11月15日、ヴィルクの両親が殴打に加わった少年少女、州や政府を訴えた。
2003年2月4日、控訴裁判所はエラードが最初の裁判で尋問された方法が不適切だった為、裁判のやり直しを命じた。
2005年4月12日、エラードは2度目の殺人罪で有罪判決となり、少なくとも7年間仮釈放がない終身刑が言い渡された。
2006年7月20日、刑期を9年務めた後、グロワツキーは国家仮釈放委員会から付き添いなしの一時の仮釈放を与えられた。
ヴィルクの家族は国家仮釈放委員会の決定を支持した。
2009年4月、エラードの控訴はカナダ最高裁判所に提出されるが、同年6月12日、最高裁判所はエラードの終身刑を支持し、これにより10年以上に渡る訴訟に終止符が打たれた。
2010年6月23日、グロワツキーは仮釈放された。
2017年1月18日、エラードの仮釈放は拒否されている。

リーナ・ヴィルク
《殺人数》
1人
《犯行期間》
1997年11月14日
∽ 総評 ∽
リンチによる残忍な殺人だが、古今東西起こっている事件である。
ただ、多くに共通しているのが、少年少女という所だ。
もちろん全てではないが、この事件を含め大抵が10代の若者が起こしがちである。
だが、このリンチ事件は他の事件と少し異なる。
まず、確かに最初は皆で暴行したが、途中で冷静になりグロワツキーとエラード以外全員が帰っており、それなのに2人はわざわざヴィルクを追い掛け殺害している。
普通、一旦止めればそのまま見逃しそうなものだが、警察に暴行された事を告白されるのを避ける為だったのだろうか。
死刑がないカナダであるが、相変わらずの刑の軽さに辟易してしまう。
グロワツキーとエラード以外の少女たちは60日から1年というもはや懲役と呼べるような罰ではなく、主犯の2人ですら終身刑で一見重罰に思えるが仮釈放の資格を数年で得る事が出来てしまう。
年齢が14、5歳だから軽くなったのだろうが、こんなのでは犠牲者はもちろん遺族も救われない。
案の定、グロワツキーはすでに仮釈放されており、エラードは未だ刑務所の中だが、いずれ出てくるのは明白だろう。
コメント
コメント一覧 (16)
弱いものを集団でいじめ、しかもパクられるのが怖かったからとどめを刺した2匹。
なんともひきょうで弱虫なんでしょうか。
甘くなっているのがたいへん悔やまれます。
どうせガキだから云々なんでしょうかね
残念。
新中ならどうして司法はヨーロッパに寄るのか理解に苦しみますね。
終身刑といっておきながら数年で仮釈放の資格を得る事が出来るって終身刑の意味わかってるんですかね。
単なる勘違いブスの逆恨みだったようですね。
金を払うのが馬鹿臭いから、常習的に万引きをしていたようですが、
どうしてコイツの犯罪を幇助しなきゃいけないのでしょうか。
3歳4歳の子供に包丁を持たせるのは危険ですが、対馬って社会のルールも知らずに、
悪だけを学んで成長したような人間ですね。
弁護士によると、懲役13~15年の刑罰に問われるだろうとの事ですが、
こいつの根性は刑務所なんかじゃ叩き直せません。
そもそも叩き直す必要もないですよ。
即処刑で問題ないでしょう。
刑期はもっと軽くなる可能性はありますね。
昔のカナダは公開絞首刑があったので…再び死刑が復活して公開絞首刑が復活してほしいです。
全世界の国が死刑制度復活するようにアムネスティと真逆の団体(死刑推進団体)が出てきて欲しいですね。
自分は死刑制度には絶対賛成です。
アメリカ程ではないですが凶悪な犯罪者を多数生んでいるカナダに死刑がないのはおかしいですよ。
そもそも死刑もないし刑罰も軽すぎますねなんやねん60日から1年の懲役って処罰のうちに入らんわそんなもんそして最低7年とか5年は仮釈放が認められない終身刑ってそれのどこが終身刑なんやねんって感じですねもし人殺しがしたいって奴がいたらカナダでやって来いって言っときますわ。
本当にそうですよね。
人1人残酷に殺しておいてその程度の刑罰ですかはね。
殺人鬼からすれば天国みたいな国ですよ。
片方が釈放されてるのも残念ですが、もう片方も仮釈放求めるとは反省してなさそうですね。拒否されて正解だと思います。
それにShoreline Sixってやつらの他のメンバーたちは刑が軽すぎです。
タバコや火をつけた上に集団暴行してて軽犯罪レベルの刑って怖過ぎます。少女だからって理由だろうけどどうかしてます。
それが普通ですよ。
死刑で処刑されて初めて良かったとしか思えないです。
この2人はどっちかというと女の方が凶悪ですね。
軽過ぎますね。
直接の殺人に関与してないにしろその前に暴行の引き金を引いてるわけですし。
②放火
③集団いじめ
④利己的な殺人
複数回の処刑でも充分に酌量しているレベルなのに軽犯罪レベルで裁かれているのは納得いきません。
全匹凄惨な責め苦の処刑をじっくりとそしてたくさんさせてもまだまだ足りないくらいです。
私なら死刑判決を言い渡してからその場で処刑執行人たちに殴殺(頭をカチ割って殺す)を命令しますね
本当にそうですよね。
そのように文章で羅列すると余計凄惨さが浮き彫りになりますね。
予想通りですね。
なるほど、それは確かに考えられますね。
正直、タイ人だけではなく日本人でも増えそうですね。
最近、コロナ感染で保険がおりる保険会社が増えていますし。
今年2月にオンタリオ州でカップルが撃たれて男性と胎児が亡くなったという事件がありました。
犯人はOliver Karafa とYun (Lucy) Lu Liというカップルで犯行後にヨーロッパへ逃げてましたが6月に捕まりました。
新しい事件なので判決はまだですが、Yunは金持ちのインフルエンサーでOliverは以前にも飲酒運転で同乗者を死なせてたみたいです。
あまり知られていない事件ですが掲載していただけたら幸いです。
初めて知りましたね。
今度調べてみます。