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ロバート・マッデン (アメリカ)
【 1963 ~ 1997 】



ロバート・アンソニー・マッデン (1963年9月9日生) は、15歳から犯罪を犯し、刑務所の出入りを何度も繰り返した。

また、薬物依存に苦しみ、少なくとも2つの薬物治療センターに通った。

22歳の時、マッデンは3番目の薬物リハビリセンターに収容されていたが、センターの責任者であるボブ・ベアデンは初めてマッデンと会った時、
「彼は怖い動物のようであった」
と語っている。

また、センターは当然武器の持ち込みは禁止されていたが、マッデンはハンティングナイフを所持していた。

マッデンはナイフを使って捕まえた動物の皮を剥いだ。

そんなマッデンをベアデンは、
「彼は孤独であったが施設で犯罪を犯した事も問題を起こした事は1度もない」
と述べた。

ベアデンはマッデンは最も忠実な患者の1人であり、完全に回復したと判断され施設から解放された。


1985年8月、マッデンはテキサス州キリーンにある印刷会社で働き始めた。


同年9月12日、マッデンは社用車を盗み、テキサス州マルケスまで車で行き、タイヤがパンクした為車を捨てた。


同年9月15日、マッデンはハーバート・エルビン・メガソン (56歳♂) と息子のゲイリー・リン・メガソン (21歳) の家に強盗目的で侵入する。

そして、ハーバートを2回撃って射殺すると、ゲイリーは喉を切り裂いて殺害した。

親子殺害後、2人の体を縛り川に捨てた。

その後、クレジットカード、銃を奪い、ハーバートのピックアップトラックを盗んだ。

マッデンは盗んだ車でニューメキシコ州へ逃亡するが、途中盗んだカードを何度も使用した。

マッデンは領収書に自分の名前を署名した為、後にそれが証拠となった (自身の名前を律儀に書いたのは偽造の罪で起訴されたくないからと後に述べている) 。


警察は領収書から追跡を開始し、同年10月7日、ニューメキシコ州エンジェルファイアーでマッデンを逮捕した。


同年10月18日、マッデンは起訴され、裁判の間、よく笑っていた。


1986年2月26日、マッデンには死刑が言い渡された。

裁判が終わった後、マッデンは検事補佐バロンに話しかけ、感謝の言葉を述べ手を振った。


1997年5月28日、マッデンは最後の食事をホームレスに提供するよう求めたがこれは州当局によって拒否された。

午後6時42分、致死量の注射による死刑が執行された。

享年33歳。

マッデンの最後の言葉は、

「あなたの苦痛と喪失をお詫びしますが私は殺していません。上手くいけば私たち全員が自分自身とお互いについて何かを学び、憎しみと復讐のサイクルを止め、この世界で実際に起こっている事を評価するのに十分な事を学びます (その後いくつかわからない言葉が続いた) 」



《殺人数》
2人

《犯行期間》
1985年9月15日



∽ 総評 ∽

完治したと判断され解放された末に犯罪を犯したマッデンだが、これは今まで何人も紹介してきた定番のパターンである。

一体何をもって完治したと判断したのか。

忠実で大人しく問題を一切起こさなかった事で治ったと思ったのだろうが、これまで何十回も言っているが、こういう異常性は絶対に完治しない。

完治したように見せたり見えたりするだけである。

正直、完治したと判断して釈放したベアデンの罪は重い。