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ジェームズ・ジャクソン (アメリカ)
【 1959 ~ 2007 】



1989年、ジェームズ・ルイス・ジャクソン (1959年6月13日生) は高齢者を襲い、懲役10年が言い渡された。


1994年、5年の刑期を務め、ジャクソンは仮釈放となった。


1995年、ジャクソンはシャロンと結婚した。

シャロンは再婚でソンセルシア・メイズとエリカ・メイズという2人の娘がいた。


1997年4月9日、いつもシャロンが仕事の為に同僚を迎えに行くのだが、この日は現れなかった。

心配になった同僚がシャロンの妹に連絡を取り、シャロンの妹は母親と一緒にアパートへ向かった。

そして、部屋に入ると寝室でソンセルシア (19歳) とエリカ (18歳) の遺体を見つけ、別の寝室でシャロン (39歳) の遺体を見つけた。

3人共に首を絞められ殺害されていた。

部屋にはジャクソンのメモが見つかり、そこには3人を殺害したと書かれていた。

ジャクソンはその日の内に逮捕され、殺人を認めた。

殺害した理由についてジャクソンはシャロンが離婚する計画を立てており、それを知り逆上して犯行に及んだと話した。

犯行に及ぶ前、ジャクソンはソンセルシアとエリカに離婚についてどう考えているか問いただした。

1人がどちらでも気にしないと答えると、直ぐ様腕で首を絞めて殺害し、もう1人が戻ると同じ質問をするが、ジャクソンと一緒にいたいと答えたにも拘わらず首を絞めて殺害した。

そして、2人をベッドに置き、シャロンが戻ると首を絞めて殺害した。


1998年1月29日、ジャクソンには死刑が言い渡された。


2007年2月7日、ジャクソンの死刑が執行された。

享年47歳。

ジャクソンの最後の食事は、オクラの炒め物、フライドポテト、ブルーチーズサラダ、固ゆで卵4個、バターピーカンアイスクリーム、蜂蜜パン2個であった。

また、最後の言葉は

「これは終わりではなく、あなたと私が永遠に一緒にいる新しい章の始まりです。後で会いましょう」

であった。

ジャクソンの死刑執行は、2007年、アメリカ全体の5番目であり、1976年にアメリカで死刑が復活して以降、1062番目。

また、テキサス州としては2007年の4番目であり、死刑が復活して以降、383番目であった。


最後に執行直前に執行人に言った言葉で終わりたいと思います。

「私を殺しなさい」



《殺人数》
3人

《犯行期間》
1997年4月8日



∽ 総評 ∽

妻が離婚しようと考えそれを知って犯行に至ったジャクソンだが、その動機は嫉妬深い愚かな殺人鬼にありきたりなものであった。

理由は情けない限りだが、実際この手の理由はこれまでいくつも紹介してきた通り非常に多い。

離婚されるような振る舞いをした自身の愚かさが全てなのだが、そもそもこういった鬼畜に正論を説いても無駄な話である。

アメリカは欧米諸国で数少ない死刑がある国であり、しかも、名ばかりではなく数が少なくなっているといえどしっかり執行もしている。

愚鈍なヨーロッパ諸国の圧力に負けず、何とか維持して欲しいものである。