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ジョン・ブラックウェルダー (アメリカ)
【 1954 ~ 2004 】



1975年、ジョン・ブラックウェルダー (1954年12月10日生) は性的暴行により逮捕され、刑務所に収監された。


1991年、ブラックウェルダーは当時の副大統領ダン・クエールを脅迫したとして連邦裁判で有罪判決となった。

ブラックウェルダーはシークレットサービス、マイアミのテレビ局、テレビシリーズ「アメリカズ・モスト・ウォンテッド」にそれぞれ電話し、1000万ドル (約10億円) を要求した。

もし、要求に応じない場合、クエールを「排除」し、「スラブ (遺体安置台) に乗せる」と脅したのだった。


1998年、ブラックウェルダーは10歳の少年に対する痴漢行為により有罪判決となり、終身刑が言い渡された。


2000年5月6日、レイモンド・D・ウィグリー (39歳) がブラックウェルダーの独房を訪れ、性行為を求めた。

ウィグリーは男性の殺人により終身刑となり服役していた。

ブラックウェルダーは了承し、ウィグリーが脱いだ後、二段ベッドの周りに隠していた数本の紐を取り出し、ウィグリーの手足をベッドに縛り付けて拘束した。

そして、口をタオルで覆い寝台の近くに隠していた紐で首を絞めて殺害した。

ウィグリーは首を絞められながら助けてくれるよう懇願するが、ブラックウェルダーは10分かけてじわじわ殺した。

ブラックウェルダーはすぐに殺人を告白して逮捕された。

ブラックウェルダーは第一級殺人罪で起訴され、陪審員は満場一致で死刑を支持した。


2001年8月6日、ブラックウェルダーには死刑が言い渡された。


2004年5月26日、致死量の注射による死刑が執行された。

享年49歳。

ブラックウェルダーの最後の食事は、チーズ、玉ねぎ、ピーマン、牛挽き肉、キノコのピザ、レタス、トマト、ピーマン、チーズ、コーラとサラダであった。

また、執行前の最後の言葉は、

「家に帰る事が出来て嬉しい。クリスチャンである事を誇りに思います。そして、私を救い家に帰る事を許してくれたイエスに感謝します、アーメン」

であった。

ブラックウェルダーへの死刑執行は、2004年、アメリカ全体の26番目であり、1976年に死刑が復活して以降、911番目であった。

また、フロリダ州としては2004年の2番目であり、死刑が復活して以降、59番目であった。


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                        レイモンド・ウィグリー



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2000年5月6日



∽ 総評 ∽

刑務所で性行為を求められた相手を殺害したブラックウェルダーだが、ブラックウェルダー自体がゲイだったのかわからない。

性的暴行で逮捕された経歴があるが、それが男子だったのかわからない (おそらくそうなのだろう) 。

ただ、相手も殺人を犯して終身刑となった鬼畜なのでこの殺人だけはよくやったと言いたい。

どうせならもっと囚人を殺させる為に泳がせても良かったと思う。