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ジェシカ・デュトロ (アメリカ)
【 1988 ~      】



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ブライアン・カナディ (アメリカ)
【 1989 ~      】



2012年8月14日、アメリカ・オレゴン州ワシントン郡タイガードで、911に連絡が入る。

電話をかけたのはジェシカ・デュトロとボーイフレンド、ブライアン・カナディであった。

ジェシカは息子のザカリー・デュトロ・ボッジス (4歳) が意識がないとオペレーターに話した。

連絡を受け救急隊が向かったのはタイガードにあるホームレスの避難所グッドネイバーセンターであった。

デュトロとカナディはその避難所に住んでおり、ザカリーは前日に4歳になったばかりであった。

ザカリーは意識はなかったがまだ生きていた。

その為、すぐに病院に搬送された。

警察はデュトロとカナディに状況を聞くと、カナディは2日前にザカリーに暴行を加えた事を認めた。

カナディはザカリーに座ってテレビを見るよう言うが、ザカリーは従わすに靴を脱ぎたいと言った。

その事に腹を立てたカナディがザカリーの腹部を蹴った。

しかし、その程度でザカリーが死ぬはずがなく、デュトロもザカリーを殴っていた事がわかった。


2日後の16日、ザカリーは治療のかいなく死亡すると、デュトロとカナディは逮捕された。

その後、ザカリーの剖検を行うと、死因は腹部の鈍的外傷によるものであったが、他にも全身に多くの傷がある事がわかった。

傷は新しいものから古いものまで様々であった。

警察がデュトロとカナディに傷の事を確認すると、日常的に虐待を行っていた事を認めた。

デュトロは虐待や殺人で改めて起訴された。

裁判で検察官はデュトロが日頃からザカリーを虐待した理由について、デュトロはザカリーを同性愛者だと信じており、カナディと共に殴り殺したと述べた。


2014年4月18日、デュトロには最低25年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。

カナディは過失致死罪で有罪となり、懲役12年が言い渡された。


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                          ザカリー・ボッジス



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2012年8月14日



∽ 総評 ∽

典型的な虐待死事件であるが、その動機があまりに酷い。

座ってテレビを見ない事に腹を立てたようだが、相手はまだ4歳の子供である。

むしろ落ち着いて見ろというのが無理な話だ。

また、ザカリーが同性愛者だと信じ日頃から虐待したのだが、一体何をもって同性愛者だと思ったのか。

本人なりに思う所があったのかもしれないが、仮にそうだとしてもだからなんだというのか。

カナディは過失致死となっているので、判決を見る限りデュトロの方が犯行に関して役割が大きいと判断したのだろう。

実際の所はわからないが、おそらくデュトロの方が残酷であり、カナディにザカリーを傷つけるよう指示した可能性が高い。

カナディの判決は納得いくものではないが、虐待死事件で終身刑を下すアメリカ司法は驚嘆の一言である。