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ヴァディム・エルショフ (ロシア)
【 1973 ~      】



ヴァディム・ニコラエヴィッチ・エルショフは、1973年、ロシア (ソ連) ・クラスノヤルスクで生まれた。

エルショフの初期の人生についてはほとんどわかっていなかった。


1991年5月、ソビエト軍に入隊しロシア極東で奉仕した。

しかし、そこで他の兵士からいじめを受ける。

エルショフはいじめた1人をレンガで殴り、ナイフで数回刺した後、軍を捨ててクラスノヤルスクに戻った。

クラスノヤルスクに戻ったエルショフは、すぐに16歳の専門学生を強姦した。


1992年11月28日、エルショフは外食産業の従業員 (42歳♀) を強姦し、棒で殴って殺害した。

その後、エルショフは1995年までの3年間で18人の女性を強姦し、その内15人を殺害した。

犠牲者は若い少女から年配の女性であった。

また、エルショフは強姦殺人と平行して約40件の強盗も犯しており、強盗でも何人か殺害していた。

しかも、殺害した内の1人はエルショフを拘束しようとした警察官であった。

捜査を行った警察官の1人は、
「彼は犯罪の痕跡を隠す為に殺害しているという印象を受けた。ある場合には強姦、別の場合には強盗。痕跡を消す方法を知っており動物の本能で動く獣・・・獣である」
と語っている。


1995年10月29日、エルショフは16歳の少女を襲う。

しかし、少女が叫び声を上げた為、エルショフは近くに隠れるが、2人の男性が気付いてエルショフに飛びかかった。

エルショフはナイフでなんとか1人の男性を撃退するが、女性の1人が消火器でエルショフを殴りノックアウトした (ただエルショフの逮捕に至る経緯は諸説あり) 。

警察隊が到着し、エルショフはクラスノヤルスクの鉄道警察署に連行された。

エルショフは証拠の提出を拒否し、偽名で自身を呼び、「tramp (浮浪者) 」であると主張した。

しかし、エルショフの実際の住所が判明し自宅を調べると、エルショフが「羽」と呼んでいた凶器のナイフ2本、犠牲者のジャケットやコート、パスポート等が見つかった。

また、7冊の日記も見つかり、それには犯行についての詳細が書かれていた。

最初の項目には被害者数、2番目には時期、3番目には使用した道具が書かれており、大文字の「P」はナイフ、「N」はテーブルナイフ、小文字の「p」は素手または棒を示していた。

4番目には被害者の怪我の有無 (「p」は負傷、「t」は死体) 、5番目には被害者の性別、6番目には犯罪現場と犯罪年と、順序立てて丁寧に記載されていた (この日記により犯罪の全貌が判明した) 。

エルショフは犯行の全てをメディア (テレビや新聞) で必ずチェックし、更に犯行現場に戻り安全な場所から警察官が作業している姿をわざわざ確認していた。


1998年6月、エルショフに銃殺による死刑が言い渡された。


1999年1月28日、最高裁判所はエルショフの死刑を支持するが、ロシアは1996年に死刑を停止しており、死刑に対するモラトリアムにより終身刑に変更された。

エルショフはクラスノヤルスク地方最悪の連続殺人犯とされている。



《殺人数》
19人 (他強盗強姦多数)

《犯行期間》
1992年11月28日~1995年10月29日



∽ 総評 ∽

『The Krasnoyrask Beast (クラスノヤルスクの獣) 』、『The Krasnoyrask Chikatilo (クラスノヤルスクのチカチーロ) 』、『The Maniac with a Diary (日記つきの狂人) 』等と呼ばれ19人殺害したエルショフ。

エルショフは殺人を含む70件以上の犯罪を犯すという鬼畜振りであった。

エルショフは犯行の様子を日記に詳細に記していたが、そういうシリアルキラーは少なくない。

だが、エルショフの日記は詳細もさることながら項目で区切られわかり易く整理されているというものであった。

ここまできちっと項目に分けて詳細に書き記すというのも珍しいといえる。

ただ、こういう輩は自信家で自己顕示欲が強い場合が多い。
新聞やテレビで自身の犯行を確認している所からもまず間違いないだろう。