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ドリアン・オケリー (アメリカ)
【 1981 ~      】



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ダリル・スティンスキー (アメリカ)
【 1984 ~      】



2002年4月10日深夜、ドリアン・フランク・オケリーとダリル・スコット・スティンスキーは、アメリカ・ジョージア州チャタム郡で強盗に入る家を物色していた。

そして、1軒の家に的を絞ると、オケリーが家の全ての電源を切った。

スクリーンを外して窓から家の中に侵入すると、スーザン・ピットマン (41歳♀) とその娘キンバリー (13歳) がそれぞれの寝室で眠っていた。

2人はまずスーザンを襲い、懐中電灯と杖でスーザンを殴った。

キンバリーは母親の悲鳴で目覚め、1階の寝室へ向かうが、スティンスキーがキンバリーを2階へ連れて行き手首を縛り口をテープで塞いだ。

オケリーはスーザンを殴り殺すと2階に行き、キンバリーを強姦した。

オケリーが強姦している間、スティンスキーは1階へ下りて盗める物を探した。

スティンスキーが2階へ戻るとキンバリーは腰から下が裸で、オケリーはキンバリーを野球のバットで殴り、煉瓦で殴って喉を切り裂いた。

しかし、キンバリーは最後まで抵抗し、最終的に倒れたキンバリーを蹴ったり物をぶつけたりするとかろうじて動いた為、家に火を放った。

2人は一旦その場を離れるが、火事を確認する為に戻った。

警察が現場に到着すると、家が完全に炎に包まれており、通りの向こう側に立つオケリーとスティンスキーを目撃していた。

消火が終わり、主寝室で焼け焦げたスーザンの遺体が発見される。

そして、2階ではキンバリーの遺体が発見された。

両人共想像以上に焼け焦げた状態であり、検死官はスーザンは刺し傷とおそらく頭部外傷で死亡したと推測した。

また、キンバリーは火事の時にはまだ生きており、主な死因は煙の吸引である事がわかった。

実はオケリーの家はピットマン家の向かいにあり、事件後に現場にやって来た報道陣のインタビューに笑顔で答えた (写真の顔がその時のもの) 。

警察が捜査を始めると、オケリーの友人が警察に連絡してくる。

友人によると、オケリーが「少女を殴り強姦した」と友人に自慢してきたと話した。

友人は最初は信じなかったが、オケリーは財布を取り出すと血の付着した歯を取り出し、殺人の土産として抜いて持って来たと笑顔で話していたと証言した。


同年4月12日、証言をもとにオケリーとスティンスキーは逮捕される。

スティンスキーのトレーラーハウスを調べると、スーザンの赤いトートバッグが見つかり、また、オケリーが友人に見せた歯がキンバリーと特定された。


2002年6月、オケリーとスティンスキーは殺人、強盗、放火、少年少女への残虐行為等で正式に起訴された。

裁判でオケリーとスティンスキーは放火殺人の前に12台の車上荒らしを行っていた事がわかった。


2005年11月17日、オケリーには死刑が言い渡された。


2007年6月13日、スティンスキーにも死刑が言い渡された。

オケリーもスティンスキーも判決を不服として控訴する。


2008年11月3日、オケリーの控訴は棄却され死刑が確定した。

スティンスキーは現在も判決について争っている。


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                         スーザン・ピットマン


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                        キンバリー・ピットマン



《殺人数》
2人

《犯行期間》
2002年4月11日



∽ 総評 ∽

殺人を行った本人がインタビューに答えるという異常振りだが、意外に少なくない。

日本でも「江東マンション神隠し殺人事件」の犯人星島も普通にテレビの取材に応じ、何事もないかのように笑顔で淡々と話していた。

こういった行為は良心が欠落したサイコパスに見られる傾向である。

この鬼畜2人の出会いや家庭環境などついては詳細がなくわからないが、犯行時、スティンスキーは17歳という若さであった。

ただ、オケリーは犯行を行った家の向かえに住んでおり、おそらく殺害された2人とは顔見知りだったと思われる。

この2人の上下関係はオケリーが完全に上であり、おそらくスティンスキーを従えていたと思われる。

こういう関係性の場合、どちらかの刑が軽くなる事が多いが、両者共に死刑判決というのは素晴らしい限りである。