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デイビッド・ワトソン (アメリカ)
【 1969 ~      】



デイビッド・ワトソンは、アメリカ・アリゾナ州ツーソンで消防署に勤務していた。

ワトソンは消防隊長を務め、リンダと結婚し1996年には娘ジョーディンが生まれた。

しかし、ジョーディンが生まれて間もなく夫婦の関係は冷め、しばらくして離婚する。


2000年8月20日、リンダが行方不明となる。

警察が必死の捜索を行うがリンダは見つからなかった。

実はリンダが失踪した時、ワトソンはこの時4歳になっていた娘ジョーディンとの監護権について激しく争っていた。

その為、警察はワトソンが娘の監護権を得る為にリンダを手にかけたのではと考え、尋問を行う。

しかし、ワトソンは何も知らないと話し、また、後に再婚する事になるローズマリーがワトソンのアリバイを主張した。

警察はワトソンが殺害したという証拠もなかった為、それ以上追及する事はなかった。


2003年5月7日、リンダの母親マリリン・コックスとその友人レニー・ファーンズワースが射殺される。


同年10月、砂漠で女性の遺体が発見される (実はこの遺体はリンダであったが、監察官の手違いによりDNAの証拠によってリンダと特定されるのは2011年であった) 。


2015年、ピア郡の保安官代理のもとに電話が入る。

そして、警察は改めてリンダ殺害をワトソンだと考え捜査を進めた。

すると、リンダ殺害時、警察に供述したワトソンのアリバイについてローズマリーが嘘をついていた事を告白する。

その後、ワトソンはリンダ殺害で逮捕される。

リンダ殺害で逮捕されたワトソンだが、コックスとファーンズワース殺害の容疑もかかる。

リンダは殺害された時、ワトソンの娘の監護権で争っていたが、実はコックスが殺害された時、娘 (コックスからすれば孫) との面会権について争っていた事がわかった。


同年4月25日、ワトソンはリンダだけではなく、コックスとファーンズワース殺害でも起訴された。


2016年10月、ワトソンの裁判が始まり、2017年4月17日、リンダ殺害で懲役16年、コックス殺害で最低25年は仮釈放の可能性がない終身刑、ファーンズワース殺害で懲役66年がそれぞれ言い渡された。


2019年11月、ワトソンの控訴は棄却された。

ワトソンの有罪判決を受け、娘のジョーディン (この時23歳) はコメントを発表し、
「私には優しい父でした。父が無実だと信じています」
と述べている。

ジョーディンは現在も定期的にワトソンのもとを訪れ話をしている。



《殺人数》
3人

《犯行期間》
2000年8月20日、2003年5月7日



∽ 総評 ∽

ワトソンは娘を取り上げようとする身内を殺して排除するという極端な方法で娘との関係を維持し続けた。

リンダと別れた理由はわからないが、娘の監護権の為に妻を殺害するという事はおそらくワトソンは監護権を得るのにかなり不利な状況であったのだろう。

そう考えるとあまり良い父親ではなかったのではないかと思われるが、娘が言うには良い父親であった。

妻や義母を殺害する鬼畜ではあるが、アメリカに多い娘を虐待するゴミのような父親と比べると、娘だけに限れば遥かにましではある。

娘は物心ついた頃に実母や祖母がいない事を知ったはずであり、その時、ワトソンはどう答えたのだろうか。

ワトソンが適当に誤魔化したのか、継母のローズマリーを実母だと言われて育てられたのだろうか、いずれにせよ後に母親の死を知り、その後、父親が捕まり祖母の殺害も知る事となる。

4歳から父親が逮捕される19歳まで、まさか実父が殺人鬼で母親と祖母を殺していたとは夢にも思わなかったであろう。

1番の被害者は娘のジョーディンである。