_20210404_064946
クリストファー・ニュートン (アメリカ)
【 1969 ~ 2007 】



クリストファー・J・ニュートンは、1969年11月13日、アメリカ・オハイオ州で生まれた。

ニュートンは強盗で逮捕され、刑務所に収監された。


1994年、釈放されたニュートンは、父親の家に強盗に押し入ろうとして再び逮捕された。

釈放されてから数週間後の犯行であった。


2001年11月15日、ニュートンは囚人仲間のジェイソン・ブリューワー (27歳) とチェスをしていた。

すると、ブリューワーと口論となり、怒りが頂点に達したニュートンはブリューワーを押し倒すと首と頭を踏みつけた。

そして、最後に布でブリューワーの首を絞めて殺害した。

殺害後、ブリューワーの血を飲み顔に塗りつけた。

裁判でニュートンは血を顔に塗り飲んだ事について、ブリューワーを生き返らせる為にやったと述べた。

また、ニュートンは死刑を求めており、別の囚人を殺せば死刑になる事を知っており実行したとも話した。

多くの精神科医や心理学者が何年にも渡りニュートンを診察し、気分障害やPTSD等いくつかの精神障害を抱えていると診断した。


2003年2月4日、ニュートンには死刑が言い渡された。


2007年5月24日、ニュートンの死刑が執行されたのだが、執行時、ニュートンは体重が265ポンド (約120kg) もあった。

その為、注射を打つ静脈を見つける事が非常に困難であった。

結局、通常6分程度で終わる執行が、10回以上の注射により約2時間もかかってしまった。

オハイオ州では1年前にジョセフ・ルイス・クラークの執行の時にも約90分かかっていた。

その事もあり、執行に時間がかかった事が物議を醸し更に拍車を掛けている。

享年37歳。

ニュートンの最後の食事は、ステーキ、アスパラガス、芽キャベツ、フェタチーズ、ソフトドリンク、ケーキ、スイカであった。

また、最後の言葉は

「私はビーフシチューとチキンボーンが欲しかった」

であった。

ニュートンの死刑執行は2007年、アメリカ全体の21番目であり、1976年にアメリカで死刑が復活して以降、1078番目であった。

また、オハイオ州としては2007年の2番目であり、死刑が復活して以降、26番目であった。



《殺人数》
1人 (他強盗)

《犯行期間》
2001年11月15日



∽ 総評 ∽

ニュートンは強盗未遂で刑務所にいた時に囚人を殺害して死刑となった。

強盗未遂で何年の刑期だったか詳細がなくわからないが、おそらくしばらくすれば出て来れたと思う。

ただ、ニュートンは死刑になりたいとその為にわざわざ囚人を殺害した。

刑務所に入る前に殺人を行ったわけでもなく、また、囚人を殺害して死刑になり執行されるという非常に珍しい人物となった。

だが、ニュートンの処刑は太っていた為、静脈がわかりづらく2時間要した事で物議を醸した。

偽善者たちの「残酷だ」という抗議だろうが、苦しいから処刑なのである。

そもそも安息に処刑しようと犯罪者に気をつかう事自体が意味がわからない。


被害者や遺族以外が残酷だの死刑反対だのごちゃごちゃ言ってはいけない。