_20210222_074159
ロバート・ラッド (アメリカ)
【 1957 ~ 2015 】



ロバート・チャールズ・ラッドは、1957年3月19日、アメリカ・テキサス州ダラスで生まれた。


1974年8月16日、ラッドは自動車の不正使用により逮捕される。

有罪判決となったラッドは懲役4年が言い渡された。


1975年4月8日、刑期が2年に減刑され、刑期を務めた後、釈放された。


1978年10月25日、ラッドは強盗目的でダラスにあるビビアン・トンプソン () のアパートへ侵入し、ビビアンの首を絞めて殺害する。

そして、ビビアンの2人の幼い子供、ラトーヤ () とモーリス () も首を絞めて殺害した後、火を放ち逃走した。

ビビアン、ラトーヤ、モーリスの遺体は焼け落ちたアパートの中から見つかった。


1980年9月8日、ラッドは2件の殺人、1件の放火、1件の窃盗で有罪判決となり、殺人で懲役40年、放火で20年、窃盗で10年がそれぞれ言い渡された。


1984年1月13日、ラッドは殺人で更に懲役40年が追加された。


1996年9月25日、ヴィッキー・アン・ガードナー (38歳♀) のアパートで火災が発生し、対応した消防士が部屋から手首を縛られ床に横たわるガードナーの遺体を発見する。

ガードナーはひどく火傷を負っていたが、死因は絞殺であった。

室内からは電子レンジ、テレビとビデオデッキ、2台の電話、宝石が盗まれていた。

そして、ガードナーの遺体を調べると、体内に残された精子のDNAがラッドと一致する。

また、ラッドは犯行の前日の午後9時から10時の間に、ジョニー・ロバートソンのアパートを訪れ、コードレス電話、電子レンジ、時計と引き換えにクラックコカイン5つをもらっていた。

更に犯行の翌朝に再びロバートソンを訪ね、追加の電子製品と様々な食品を詰めた枕カバーを持って来た。

ロバートソンはラッドにクラックコカイン2つを渡した。

警察はガードナーの部屋から盗まれた物とロバートソンに持ち込まれた物との関連付けを行い、ガードナーの物である事が判明した。

ラッドはガードナー殺害で逮捕され、強盗、放火、強姦、殺人で起訴された。


1997年8月26日、ラッドは有罪判決となり、同年8月29日、死刑が言い渡された。

ラッドは判決を不服として控訴した。


1999年10月6日、控訴裁判所は判決を支持し、同年12月15日、全ての控訴を却下した。

ラッドは連邦裁判所に助けを求めるが、結局死刑は支持されている。


2015年1月29日、致死量の注射による死刑が執行された。

享年57歳。

ラッドは最後の声明で犠牲者の妹の名前を呼び、

「本当に、本当にごめんなさい。私はあなたが憎しみを持っていない事を心から願います」

と言った。



《殺人数》
4人

《犯行期間》
1978年10月25日、1996年9月24日



∽ 総評 ∽

理解出来ないのが、最初、親子殺害で合計懲役70年が言い渡され、更に40年が追加されたにもかかわらず、約15年後に2度目の犯行に及んでいる事だ。

詳細がなくわからないのだが、15年で仮釈放の可能性があったのだろうか。

それとも詳細がないだけで脱獄したのか。

どちらにせよ中途半端な判決にするからこんな事になるのである。

最初に死刑にしてさっさと執行していればこんなモヤモヤする事はなかった。

仮釈放というのは更生する可能性のある犯罪で刑を服していた場合、その行いが良かった場合にのみ行うべき事だ。

また、仮釈放違反を犯した場合、罪にもよるが厳罰にすればいいのだ。

そうすれば愚かな事を犯さないと思うはずである。