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ポラトベイ・ベルダリエフ (ウズベキスタン)
【 1986 ~      】



ポラトベイ・タルガンベコヴィッチ・ベルダリエフは、1986年、ウズベキスタンで生まれた。

ベルダリエフの父親は警察官であった。

ベルダリエフは物静かで恥ずかしがり屋であまり目立たない若者であった。

そんなベルダリエフだったが、高校生活のある日、親友のアブシート・オルマノフとクラスメートの少女を強姦した。

ベルダリエフの父親が警察官という事をいい事に犯行に及んだのだった。

ベルダリエフはアルマトゥイで強盗を行い逮捕され、有罪判決を受けた。

ベルダリエフはシムケントの植民地で6年間の服役を言い渡された。

ベルダリエフは刑務所にいる間に女性と連絡を取り、後に獄中結婚した。


しかし、2010年にベルダリエフが仮釈放が認められると、夫婦は別れた。

ベルダリエフはウズベキスタンに戻ると、新たな女性と恋に落ち、ヌルスルタンでベルダリエフの親戚と一緒に生活を始めた。

ベルダリエフは結婚前に彼女を両親に紹介するが、激しい反対にあう。

しかし、ベルダリエフは両親を説得し、無事結婚する事となった。

だが、ベルダリエフは高校の時の強姦の思い出を忘れる事が出来ず、その時のエキサイティングな経験を「追体験」したいと願うようになる。

そこで、ベルダリエフはオルマノフと共通の友人を集めギャングを結成する。

そして、ギャングは殺人を始める。

ベルダリエフらの手口は、メルセデス・ベンツでプライベートタクシーを装い、若い女性ヒッチハイカーを標的とした。

そして、オルマノフとメンバーが車に乗り込み、目的地まで送る振りをして静かな道を見つけるまで運転した。

人気のない場所を見つけると、車が故障したと偽り車を止め、ベルダリエフらギャングたちが代わる代わる女性を輪姦した。

強姦した後、ビニール袋を被せスカーフや靴ひもで首を絞めて殺害した。

殺害後、犠牲者の所持品を奪った。

ベルダリエフは奪った物を質屋で売るか、ガールフレンドや母親に贈った。

当初、ギャングは首都タシケントで活動しており、7人の女性 (その内2人を燃やした) を殺害したが、警察が捜査を始めた事に気付くとベルダリエフは自身に捜査の手が及ぶ事を恐れ、働く振りをしてカザフスタンの隣接するトルキスタン地域に定期的に旅行した。

そして、ベルダリエフはカザフスタンに入国する。


2011年12月19日、ナタリヤ・パシュコワ (29歳♀) は姉妹と3歳の娘を連れカラガンダからシムケントに到着した。

パシュコワは1人タシケント中心部にある自宅に帰る為にタクシーに乗る事にした。

パシュコワは民間の黒いメルセデス・ベンツのタクシーに乗り、笑顔で姉妹と娘に手を振ると、タクシーは出発した。

その後、パシュコワは生きて家に帰る事はなかった。

2日後の21日、テルメズの高速道路脇でパシュコワの遺体が発見される。

パシュコワは強姦されており、スニーカーの靴ひもで首を絞められていた。

激しく抵抗した跡が見つかり、スーツケース、ラップトップ、金のイヤリング等が奪われていた。

警察は何人かのタクシー運転手に話を聞き、パシュコワが黒いメルセデス・ベンツに乗る所を見たと言った。

しかし、犯人を逮捕出来ず、コールドケースとなってしまった。


同年2月10日、アッセル・ブリバエワ (25歳♀) はシムケントへ向かう電車で夫に電話をした。

シムケントに到着すると、民間のタクシーに乗車した。

しばらくしてブリバエワは再び夫に電話を掛け、タクシーが市内から30km離れた場所で故障したと話した。

心配した夫が別の車に乗り換えるよう提案するが、その時にはすでにブリバエワは電話を切っていた。

その日の夜に夫は警察に連絡し、2日後の12日、地元住民が高速道路近くの草原でブリバエワの遺体を発見した。

ブリバエワは強姦され首を絞められ殺害されていた。

ソウル・イサコワ (50歳♀) はアスタナからシムケントを訪れ、駅で黒いメルセデス・ベンツに乗車する姿を最後に行方不明となる。


同年3月12日、羊飼いがイサコワの遺体を発見する。

イサコワは自身のスカーフで首を絞められており、宝石や携帯電話、約3万5000テンゲ (約9000円) が紛失していた。


同年3月8日、タマラ・アシェロワ (54歳♀) は急いで家に帰る際に黒いメルセデス・ベンツに乗車した。

そして、その日の内にアシェロワの遺体が高速道路で発見された。

アシェロワは所持品を奪われ首を絞められ殺害されていた。

カザフスタン当局は、増加する事件に対する国民からの圧力を受け、すぐに全ての国内及び外国のタクシー運転手にインタビューを開始した。

また、カザフスタン当局はウズベキスタン、ロシア、キルギスタンの警察に通知を送った。

すると、ウズベキスタン当局から情報が入り、容疑者としてベルダリエフの名前が浮上する。

そして、ベルダリエフがタラズの宿泊施設に滞在している事がわかると、2日間の監視下に置かれた。


同年5月、ベルダリエフは逮捕された。

逮捕されたベルダリエフはすぐにこれまでの犯行を全て自白し、オルマノフや他のギャングメンバーについても告白した。

ベルダリエフは見た目はとても凶悪な殺人者には見えなかった為、当初、捜査官も半信半疑であったが、ベルダリエフは犯行現場についても詳細に説明し、捜査官を唖然とさせた。

その後、ベルダリエフの家の調査により犠牲者のハンカチや宝石等が見つかった。

裁判でベルダリエフは後悔している振りをするがすぐに見破られ、終身刑が言い渡された。

オルマノフにも終身刑が言い渡された。

判決後、ベルダリエフはウズベキスタンに強制送還された。



《殺人数》
11人

《犯行期間》
2011年~2012年3月8日



∽ 総評 ∽

ウズベキスタンとカザフスタンの2ヶ国で11人の女性を殺害したベルダリエフだが、殺人動機が高校の時の強姦を忘れられないという救いのなさであった。

しかも、その強姦も「父親が警察官だから逮捕されない」という理由で行うという許されないものであった。

普通は親が警察官だろうが逮捕されるはずだが、実際に強姦では逮捕されなかった。

ベルダリエフの目論見通り、父親が揉み消した可能性が高い。

ベルダリエフは高校生の時の強姦の興奮を忘れる事が出来ず、強姦殺人を繰り返したが、凶悪犯はいつまで経っても凶悪犯というのがよくわかる例である。

カザフスタンでの犯行については詳細があるが、不思議とウズベキスタンでの犯行の詳細がなかった。

国柄なのかもしれないが、ベルダリエフが鬼畜には何の変わりもない。