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ゲイ・オークス (ニュージーランド)
【 1962 ~      】



ゲイ・オークスはイギリスで生まれた。

オークスは思春期を迎える前にオーストラリアに移住した。

オークスは優秀ではなかったが、特に劣った事もなく平凡に育った。

しかし、学校を退学すると16歳の時に結婚する。

オークスは20歳までに2人の子供を生んだが、それぞれ違う父親であった。

オークスは2人目の男性を特に愛していたが、別の男性と関係を持ってしまった為、その男性に嫌われた。

ある日、オークスはニュージーランド出身のダグ・ガードナーと出会う。

ガードナーは酔うと人格が変わった。

ガードナーはバーで飲んだ際には物を壊し、習慣的に酔いオークスに嫉妬し、暴力を振るった。

また、ガードナーは嘘つきでよく約束を破り、ギャンブルをする為にオークスを騙してお金を奪った。

更にガードナーは些細な犯罪を犯す犯罪者であったが、オークスはガードナーを嫌いになったり別れたりしようとしなかった。

オークスはガードナーと4年過ごす間に2人の子供を生むが、ガードナーは突如、オークスを捨てて故郷のニュージーランドに戻った。

だが、ガードナーに多額のお金を盗まれていたオークスは、ガードナーの住むニュージーランドの南島クライストチャーチに向かった。


1993年1月、オークスはコーヒーに薬物を過剰に入れ、それをガードナーに飲ませた。

ガードナーは翌朝、そのまま死亡した。

殺害後、ガードナーが重過ぎて死体を運べない事に気付き、ジョーという友人に頼んで一緒に死体を庭に運んで埋めた。

しかしオークスはジョーを犯罪に巻き込んだ事を後悔し、死体を崖から落とすべきだったと反省した。

ガードナーが失踪したと警察に通報が入り、捜査を開始した。

だが、ガードナーを見つける事は出来ず、行方不明リストに追加される事となった。


1994年3月、ガードナーの遺体が発見されると、オークスは逮捕された。

逮捕されたオークスだったが、ガードナーを殺すつもりはなかったと述べた。

オークスは殺人の夜、ガードナーに何かされると身の危険を感じた為、コーヒーに薬を入れた。

オークスはガードナーを「ただ眠らせたかっただけ」と答えた。

眠った後、ガードナーを寝室に引きずり込み、子供たちを起こさない為に床に放置した。

オークスが朝起きた時はガードナーはまだ呼吸しており、買い物に行き戻ると死んでいたと話した。

事件が公になると、オークスに同情する者もいたが、多くがオークスを非難した。

また、ガードナーの家族はメディアの討論に参加し、ガードナーは世間で言われる乱暴者ではなく、オークスが彼をそうさせたと主張した。


1994年9月、オークスには終身刑が言い渡された。

刑務所でオークスはガードナーとの関係について本を書いた。

オークスはガードナーの暴力的で虐待的な様子を事細かに書き、お金を盗んだと主張した。

ガードナーの家族は激怒し、囚人が本を書くべきではないと主張し、その事は議論の対象となった。


2002年10月、仮釈放委員会が殺人がオークスの被虐待性症候群 (虐待が継続・日常化した場合に被害者が抵抗する意欲を失い虐待をごく自然な行為として甘んじて受け入れる状態) からの防御によるものだと認められ、模範囚という事もあり仮釈放された。

ただ、仮釈放の条件としてガードナーとの関係についてメディアに一切答えない事、また、ガードナーやその家族を批判してはいけないというものだった。

釈放後、オークスはクライストチャーチの囚人援助及びリハビリテーション協会で働いている。

ガードナーの妹はオークスの現状に憤慨し、
「私は殺人者が普通の生活を送って欲しくない。彼女はまだ刑務所にいるべきだ」
と述べている。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1993年1月



∽ 総評 ∽

オークスは殺害したガードナーに虐待され、その為薬を盛ったと主張した。

被害者はすでに死んでいる為、真相はオークスしかわからず、本当の所は不明である。

仮釈放委員会はオークスが日常的に虐待されている事を認めている。

実際、ガードナーの暴力や虐待が事実なら正直、殺されても文句の言える立場ではない。

ただ、おかしいのはガードナーがニュージーランドへ戻ったのをオークスが追い掛けている所である。

もし、虐待から逃れたいのなら追い掛ける必要はない。

一応、本人はお金を返してもらう為だと言っているが、お金を返しに行くまではいいとして、身の危険を感じ殺害に至るというのは随分おかしな話である。