
タイロン・ベイカー (アメリカ)
【 1970 ~ 】

リサ・ファンネンスティール (アメリカ)
【 1971 ~ 】
1987年8月、アメリカ・カンザス州トピーカで、タイロン・ラモント・ベイカー (1970年3月4日生) はディーラーから車を盗み逮捕された。
ベイカーはショーニー郡少年裁判所で有罪判決となり、1年の保護観察処分となった。
車を盗むようなベイカーだったが、学校では問題を起こす事のない目立たない学生であった。
この頃、ベイカーはリサ・ファンネンスティールと出会う。
1989年9月からベイカーはファンネンスティールとデートするようになり、交際するようになると高校を辞めた。
ファンネンスティールは過去に家出した事があり、また、薬物乱用により治療を受けていた。
そして、ファンネンスティールは父親と住む家を出るとベイカーと一緒に引っ越し生活を始める。
しかし、一緒に住み始めた家の立ち退きに遭い、2人は同年12月に入るまで友人の家に滞在した。
また、ベイカーはファンネンスティールが妊娠していると思っていた (実際に妊娠していた) 。
そんな状況であった為、ベイカーはお金が必要だと考える。
同年12月3日朝、ベイカーはファンネンスティールにお金を稼ぐ方法について、武装して他人の家に侵入して奪おうと提案する。
その日の夕方、ベイカーは知人から銃を借り、ファンネンスティールと一緒にトピーカの高級住宅街のウェストボロ・コミュニティに向かった。
そして、何軒かの家を覗いて中の様子を伺い、未亡人のアイダ・メイ・ドハティー (72歳♀) の家にたどり着く。
2人は1階のキッチンの窓から中を覗き、家の中にドハティーが1人だと確認すると侵入する事に決めた。
ベイカーは網戸に穴を開け、ポーチに入るとガラスのドアがある事に気付いた。
そこで、2人は数ブロック離れた友人の家に行き、ダクトテープを借りると再びドハティーの家に戻った。
そして、ダクトテープを貼ると静かにドアのガラスを割った。
2人は家の中に侵入するとそのまま2階に上がり (ドハティーは耳が遠くテレビの音量が大きかった為聞こえなかったと思われる) 、2階は予想通り誰もいなかった。
ベイカーはファンネンスティールに2階にいるよう指示し、ベイカーが1階へ下りると、キッチンでドハティーと鉢合わせた (ドハティーが「Oh my God!」と叫ぶのをファンネンスティールが聞いている) 。
ベイカーはドハティーを押し倒し、ダクトテープで手足を縛ると70ドル (約7000円) を奪った。
ベイカーは2階へ上がり、ファンネンスティールに
「やらなければならない」
と言って枕を持って下りた。
ベイカーはドハティーの顔に枕を押し当てると、ドハティーは呻き声と足をバタつかせもがいた。
しかし、すぐに静になりドハティーは死亡した。
ファンネンスティールは階段の途中まで下り、壁に掛けられた鏡越しにすでに動かなくなったドハティーを見た。
2人はドハティーの車のトランクに死体を詰め込み、車に乗るとダグラス郡へ向かった。
そこで、ベイカーはドハティーの遺体をトランクから出して捨てると、遺体に葉っぱを撒いて隠した。
ベイカーがドハティーの遺体を捨てている間、ファンネンスティールは懐中電灯で照らし、作業し易いように補助した。
ファンネンスティールはなるべくドハティーを見ないようにしていたが、ドハティーの頭がダクトテープで完全に包み込まれている事に気付いた。
2人は夜を過ごす為に再びドハティーの家に戻り、クリスマスプレゼントや他の盗める物を探して全て盗み、寝室で眠りについた。
ベイカーは熟睡するが、ファンネンスティールは眠れなかった。
翌日4日の朝、家の電話が何度も鳴り響き、それによって2人は起きた。
ベイカーは電話を無視しするようファンネンスティールに話し、2人は家を出る事に決めた。
隣人のレスター (87歳) とナンシー (69歳) のヘイリー夫妻とドハティーは非常に仲が良かった。
実は早朝にドハティーの家に電話したのはナンシーであった。
ナンシーは隣人のホーンに電話を掛け、電話に出なかった事、新聞紙がいつもより長く私道に残っている事を告げる。
レスターはホーンとドハティーの家で落ち合う事にした。
レスターとホーンがドハティーの家に到着すると、ドハティーから預かっていた鍵を使って家の中に入り、いくつかの部屋を探しながら名前を呼んだ。
そして、ゲストルームのドアが開いており、中に入るとベイカーがレスターとホーンに銃を突き付け拘束した。
ベイカーはレスターとホーンを別々の部屋に連れて行った。
すると、夫を心配したナンシーが家を訪れ、ベイカーは同じく銃で脅してベッドの間の床に伏せて寝かせた。
ベイカーは何故隣人が家に来たのか尋ねると、ホーンは、
「隣人の世話をしています」
と答えた。
ベイカーはファンネンスティールに3人を殺さなければならないと言い、ファンネンスティールに盗んだ物をドハティーの車に積むよう指示した。
ファンネンスティールは車に荷物を積むと、これ以上ここにいたくないと告げる。
ベイカーは後で友人の家に迎えに行くと約束し、ファンネンスティールはその場を離れた。
その場を離れる際、ベイカーはファンネンスティールにドハティーの指から外したダイヤモンドの指輪を渡した。
ファンネンスティールがいなくなると、ベイカーは3人を壁に向けさせ、その後、車まで歩かせトランクに入るよう命じた。
しかし、ホーンは歳をとっている自分達にはトランクが狭すぎると告げる。
ベイカーはホーンとヘイリー夫妻を後部座席に座らせ、車を走らせた。
ホーンは誘拐犯に対処する為の会話3つのルールについて本を読んだ事があり、その1つである「相手の事を聞く」を実行する。
ベイカーはホーンとの会話で同情を誘うような事ばかり話すが、それは全部嘘であった。
車はトピーカの東、ダグラス郡西部の丘陵地帯で止まり、ベイカーは3人を車から下ろした。
そして、銃を突き付け約200ヤード (約180cm) 歩かせると道路の脇に伏せて横たわるよう指示した。
ホーンは従う事を拒否し、ベイカーにこの場を去るよう説得した。
そして、ヘイリー夫妻を起こし、助けを呼びに行っている間、隠れているよう話した。
ホーンは隙を見て1人で走り出した。
振り返らずがむしゃらに走ったホーンは、森の中に隠れた。
すると、近くをベイカーが運転してきた車がゆっくりと通り過ぎるのを確認した。
ホーンは家を見つけ助けを求めに立ち寄るが誰も居なかった。
そして、他の家を見つけるが、ベイカーに見つかるのを恐れ森の中にいた。
約3時間後、地域住民が運転する車が通り、助けを求め家に向かった。
そこでホーンは夫に連絡した。
警察が捜査を開始し、ヘイリーが最後に確認された地域の捜索を始めた。
ヘリコプターも使って捜索を行うが見つける事が出来なかった。
その日の夜、警察はドハティーの車を見つけ、周辺の徹底的な捜索を行った。
同年12月5日、警察はホーンの情報をもとに似顔絵を作成し公開した。
その日の午後1時10分頃、ヘイリー夫妻の遺体がダグラス郡西部の畑で見つかった。
両者共に撃たれていた。
ベイカーはトピーカ高校へ行き知人に拳銃を渡すが、知人はすぐに銃を警察に渡した。
また、別の知人は警察にベイカーとファンネンスティールが殺人に関与している事を聞いたと話した。
そして、その日の夜にベイカーとファンネンスティールを逮捕した。
翌日の6日、ドハティーの遺体はヘイリー夫妻の遺体が見つかった場所から約2マイル (約3.2km) 離れた場所で見つかった。
ベイカーとファンネンスティールは多数の重罪で起訴されると、ファンネンスティールは司法取引を申し出た。
ファンネンスティールはベイカーに対して証言し、全ての犯行について自供した。
ベイカーの弁護士は陪審員に精神的な問題があると語り、自身のやった事について思い出せない事が多々あると述べた。
だが、ファンネンスティールはベイカーと一緒にいる間、声が聞こえたり奇妙な言動はなかったと話し、自分がしている事は犯罪だと認識していたと証言した。
1990年7月、ファンネンスティールには6年から15年の不定期刑が言い渡された。
1991年8月、ベイカーは有罪となり終身刑が言い渡された。
ベイカーが仮釈放の資格を得るのは2019年12月である。
ファンネンスティールは獄中で出産し、子供は養子縁組に出されている。
1993年12月、ファンネンスティールは仮釈放となった。
その後のファンネンスティールについては不明である。
2010年、事件の唯一の生存者であったホーンが病死した。
享年94歳であった。
《殺人数》
3人
《犯行期間》
1989年12月3日~5日
∽ 総評 ∽
生活費を稼ぐ為に強盗を行ったベイカーとファンネンスティール。
こういう鬼畜はまともに働いて生活費を稼ごうなんていう思考回路がなく、お金を稼ぐ=強盗に直結する。
そんなゴミみたいな男に追従したファンネンスティールだが、当人も薬物中毒で破綻しており、起こるべくして起こった結果といえる。
ファンネンスティールは本人の供述では本来犯行に参加したくはなく、ベイカーに仕方なく従った。
確かにこういった犯行の場合、男が主体で行われる事が多い。
ただ、実際にそうで殺人も直接行っていなかったとしても、最初の段階で自分はいかないという選択肢があったはずだ。
しかも、ベイカーの犯行を止める事も出来たはずで、結局は自身の今後の生活を考えて従ったに過ぎない。
全くの同罪とまで言わなくとも判決後、3年程度で出てしまっている事を考えるとあまりに刑罰が軽過ぎやしないだろうか。
殺害されたドハティーは「堅実で愛情深く、勇気がある信仰心の強い女性であった」と評判であった。
ヘイリー夫妻は2人共に配偶者に先立たれた再婚同士で、多くの友人がおり、親切で思いやりのある人物として近隣住人から慕われていた。
そういう人間が天寿を全う出来ず、こんな鬼畜たちが生き延びる。
こんなの誰も納得いくはずがない。
コメント
コメント一覧 (16)
そもそもその解釈自体どうでもいいけど。
今回の場合共同正犯でどちらも死刑です。
身勝手な理由で殺人に及んだら死刑で即日執行が望ましい。
本当にそうですよね。
やってる事は同じなのにこうも解釈が違うものかと不思議でなりません。
まあ罪の擦り付け合は恒例行事なので疑問にも思いませんが。
当然死刑以外あり得ませんよ。
死刑にして消さないと意味がありません。
仮釈放なんて百害あって一利もない制度早々に廃止すべきですね。
あっても軽犯罪の懲役にだけですよ。
しかもこんな世界で最も要らない奴を決める大会でもあったら上位入賞間違いなしのクズ共が今ものうのうと生きてるどころか片方は既に自由になりもう片方もそのチャンスを得ているって本当に納得いかないです。
なかなかの事件ですよね。
ダーウィン賞という皮肉の賞がありますがこいつらにも与えたいくらいです。
男はSNSで知り合った被害者と性交し、その様子を撮影、
また、マッチングアプリで近付いたシングルマザーの娘2人にわいせつな行為をし、同じく撮影したとされます。
この他2人が性的被害に遭い、撮影した動画を販売したとされます。
旭川の事件もそうですが、流出した画像はネットに残り、二次被害を恐れて生きなければいけません。
男性全員が児童ポルノを見なければいいですが、児童ポルノは需要があるのが現実です。
日本の刑罰は軽すぎます。
日本では10歳にもならない女の子が、家で留守している事もありますが、
これがアメリカだったらネグレクトになります。
日本では特にシングルマザー、所得の低い家庭の子供の安全が確保されていないと言えます。
そんな鬼畜にわずか10年ですか。
相変わらずの日本の刑罰の甘さに反吐が出ますね。
出てきたらまたやりますよ。
日本とアメリカでは安全面が段違いです。
小学生が1人で学校に行くなど海外では考えられないですからね。
怒りがこみ上げました。
しかも1匹はすでに解放。
殺しを覚えたクソを逃がしちゃダメだろ。
こんな理不尽な事がまかり通るのが納得いきませんね。
遺族から袋叩きにでも遭えばいいんですよ。
そもそも司法取引なんて犯罪者に有利なやり方必要ですかね?
仮釈放付き終身刑もいらないですね。犠牲者数からも2人とも死刑が妥当だと思います。
仮釈放があるなら逆に刑期を延ばす事も出来なくては不公平です。
こんな輩、裁判などやる必要もなく逮捕後即処刑しかないですよ。
それから制作頂きたい記事のリクエストなのですが、1937年のレイプ殺人犯のアレクサンダー・メイヤーの記事を制作して頂けますでしょうか?
被害者の16歳の女学生ヘレン・モイヤーはメイヤーにレイプ目的でトラックで轢かれて誘拐されてレイプされ井戸に落とされ井戸ごとダイナマイトで爆破され片足がもげて埋没しましたが、それでも死なず最後は溺死して亡くなるという悲惨な最後を迎えられました。事件について管理人様や皆様のご意見を聞きたいので出来れば作成お願い🙏致します。
お久し振りですね。
悪人の方が生きながらえるというのは納得いきませんよ。
古い事件ですね。
今度調べてみます。
管理人様、いつもご返信ありがとうございます。
アレクサンダー・メイヤーの記事はまた作成して頂けますでしょうか?
先日、1度調べてみましたがなかなか大変そうですね。