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ヨーラン・リンドバーグ (スウェーデン)
【 1946 ~      】



カール・ヨーラン・グスタフ・リンドバーグは、1946年4月25日、スウェーデン・ウプサラで生まれた。


1960年代、リンドバーグは将校の訓練を始める。


1972年、訓練学校を卒業すると、警察官として働き始めた。


1973年、警察署長にある為に学校で勉強を始め、1982年にはフッディンゲの副警察署長となった。


1989年から1997年までの8年間、警察学校の学長を務め、その後、法務大臣からウプサラ郡の郡警察署長に任命された。

だが、リンドバーグの郡警察署長はいくつかの物議を醸し、警察組合や市議会両方からいくつかの抗議を受けた。

警察署長は基本的に任期が6年で満了となるのだが、それにもかかわらず政府によって更に3年延期となった。


2003年、警察への不適切な扱いに関する市民からの報告が増えると、検察庁がウプサラ郡の警察当局に注意を促した。

そこで、リンドバーグは警察に対する市民からの信頼を高める為に、全ての警察職員に犯罪被害者と一般市民に対処する為の訓練を受けさせる事にした。

その後、リンドバーグは国家警察委員会で、国際的な視点でのジェンダー平等と倫理に焦点を当てた調査官を務めた。

リンドバーグはジェンダー平等に積極的に取り組んでおり、しばしば講師として呼ばれた。

リンドバーグは性別の観点を含め、スウェーデンの国際的な取り組みを改善する事を目的としたEUプロジェクト「Genderforce」のプロジェクトマネージャーであった。

また、リンドバーグが警察署長を務めていた時代、女性の警察官の割合を増やす事に大きく貢献した。

だが、ジェンダー平等については厳しい内部批判を受けた。


2007年2月、ダーラナ郡のローカルラジオ局「Sveriges Radio Dalarna」が、警察署長80人の内、女性が13人 (約16%) しかいない事に言及した (全警察官の中で女性は全体の33%であった) 。

リンドバーグは警察の管理を批判し、ジェンダー平等を強く提起した。


2010年1月25日、リンドバーグは性犯罪の容疑で逮捕された。

リンドバーグは逮捕されるまで、犯罪の疑惑は2007年には存在していた。

リンドバーグはファールンのガソリンスタンドで逮捕されたのだが、そこで電話で連絡をとっていた14歳の少女に会いに行っていた。

裁判でリンドバーグは無罪を主張する。

しかし、リンドバーグの車からいくつかの大人の玩具、紐や鞭、また、バイアグラの錠剤も見つかった。

いくつかの深刻な性的暴行について説明され、検察はリンドバーグの冷酷さについて語った。

相手を強姦するだけではなく、暴行を加えサディスティックな行為を非難した。

リンドバーグは何人かの女性を買って行為に及んだのは認めたが、強姦や暴行については全て否認した。


同年7月30日、懲役6年6ヶ月を言い渡すが、リンドバーグはすぐに控訴する。 


同年11月、控訴裁判所はリンドバーグに強姦、強姦未遂、売春支援及び幇助、調達に暴行等の罪で懲役6年を言い渡した。

児童強姦の罪に関しては証明されなかったとして無罪となった。


2014年1月、刑期の3分の1を務めた後、リンドバーグは仮釈放された。

リンドバーグはジェンダー差別、女性へのセクハラ、男女平等などを訴え活動してきた人物であり、そんな人物が陰で女性を強姦していたという事実にスウェーデン国内で非常に注目を集めた。



《強姦数》
数人 (他性犯罪多数)

《犯行期間》
2007年?~2010年



∽ 総評 ∽

警察署長としてジェンダーや女性など、差別や偏見を受けている立場の改善に取り組み活動してきたリンドバーグだったが、その裏の顔は異常な性癖により女性や少女を強姦する鬼畜であった。

平等を提起する活動を行っていたのは事実であった為、そんな人間が陰で性犯罪を繰り返し、市民の安全を守るはずの警察でしかも署長だったという事実にスウェーデン国内は震撼した。

ただ、リンドバーグが怪しいとされるのは2007年からで、それ以前には特に問題はなかった (表面上何もなかっただけで陰で行っていたかもしれないが) 。

もし、2007年から犯行を始めたのならすでに60を超えており、何かきっかけがあったのだろうか。

本人は無罪を主張し続けたが、何より有罪となった罪に対して刑期があまりに軽過ぎる。

しかも、本人はすでに出て来ており、これなら性犯罪者からすれば天国みたいな国である。