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コロンバイン高校銃乱射事件 (アメリカ)
【 1999 】



ハリスとクレボルドはコロンバイン高校入学してしばらく経った頃、同校の一部の生徒であるいわゆる "ジョック" とその取り巻きから ″いじめ″ の対象となっていた (とされている) 。

実際に一部の生徒は優遇され校内で幅を利かせていた。

ハリスとクレボルドは ″クリーク (特に北米で使用される「ジョック」や「ナード」のいわゆる学校内階層を指す言葉) ″ の生徒たちから毎日のように小突かれた。

また、人気のジョック達らと親交がある女子生徒からも罵られたり嘲笑われたりした。

特にこの2人に対しては日常的であり、それを目撃している証言者も多数いた。

2人の共通の知人で後に本を出版したブルックス・ブラウンは、2人が「faggot (「オカマ野郎」「ホモ野郎」というような意味) 」と罵られる所やハリスがロッカーに押し込まれる所、車の中から物を投げつけられる所を目撃していた。

ブラウンは
「2人は囲まれケチャップに包まれたタンポンを体の至る所に投げつけられていた。彼らは笑い "faggot" と呼んだ」
と話し、更に
「日常的に行われていたいじめが2人の絆を強くしていった」
と語っている。

しかも、それらの行為は教師が見ている所で行われ、他の生徒も2人の様子を見て笑っていたと本に書いていた。

ただ、こうしたジョックたちからいじめを受けていたのはハリスとクレボルドだけではなかった。

生徒の保護者や学校の職員によると、校内でのいじめは横行していたという。

クレボルドの友人ネイサン・ヴァンデラウとアリサ・オーウェンは、ハリスとクレボルドが絶えずいじめの標的になっていたと話し、ヴァンデラウは2人に「糞尿カップ」が投げつけられたのを目撃していた。

そうした生徒の一部が自警団として「トレンチコート・マフィア」を自称するようになり、そのリーダーとハリスとクレボルドは共通の友人であった。

その為、2人も「トレンチコート・マフィア」に所属していたと当初はいわれていたが、後に2人はグループとは関係ない事が確認された (ハリスの父親が息子がトレンチコート・マフィアと呼ばれる集団のメンバーと誤って述べたのも原因とされる) 。

2人は「Doom (一人称視点のゲームで、敵を次々と撃ち殺す) 」というパソコンのゲームに夢中になりプレイしていた。

ハリスは「REB」「Rebldomakr」「Rebdoomer」「Rebdomine」、クレボルドは「VoDKa」「VoDkA」等のハンドルネームを持っていた。

また、ハリスはゲームのチームメンバーに、近所の住人や世界の人たちへの憎悪を述べていた。

日記にもゲームを通じて弱い者は自然淘汰され、勝ち残る強い者の生き方を見たいと書いていた (犯行の時にハリスは「Natural selection (自然淘汰) 」とプリントされたTシャツを着ていた。クレボルドはお気に入りの「WRATH (怒り) 」とプリントされた黒いTシャツを着ていた) 。

2人はパイプ爆弾を作り始めた時、実験の結果をウェブサイトに掲載していた。

銃撃後、ウェブサイトはシャットダウンされFBIが保存した。

ただ、2人は犯行についてとその理由についてはサイトにはほとんど書かなかった。

クレボルドは犯行当日の4月20日に計画の大まかな概要を書いたが、ハリスの寝室で見つかった日記にはもう少し異なる計画を書いていた。

ハリスは「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件」について言及し、この事件の犠牲者 (168人) を超え、アメリカ史上最も多く犠牲者を出す事で世界に永続的に名を残す方法についても言及した (500人の殺害と、駆けつけるであろう警察やマスコミもまとめて爆破するつもりであった) 。

何故、4月20日を犯行日に選んだかについては様々な憶測が飛び交い、論争を巻き起こした。

ハリスとクレボルドはサシャ・コニエツコ率いるドイツのロックバンド「KMFDM」を好み、日頃から熱心に聞いていた。

そして、その「KMFDM」が犯行日の1999年4月20日に「Adios」というアルバムをリリースしており、それに合わせたのだとされた。

また、アドルフ・ヒトラーの誕生日が4月20日だった為、それにも合わせたともいわれている。

実際、事件の2日後にワシントン・ポストに掲載された記事には、
「彼らは冗談を嫌いナチスを賞賛し正常を軽蔑した。彼らはファンタジーの世界の多くによって非難された暴力に興奮したにも拘わらず、ゴシックサブカルチャーの信者を夢中にさせた。彼らは白人至上主義者だったが反人種差別的なロックバンドの音楽を愛していた」
と掲載した。

ただ、日頃から2人を知っていたロビン・アンダーソンや数人によると、決してナチズムに取り憑かれておらず、ヒトラーを崇拝したり賞賛していなかったと述べている。

ハリスは1994年4月から日記をつけ始めていたのだが、最後に

「俺を沢山の楽しい事から除外したお前たちが憎い

と書いていた。

また、クレボルドは録画したビデオの中で

「お前は何年も俺たちにクソをしてきた。クソの代償を払う事になるぞ!俺たちはそんな事を気にしない。俺たちはそれで死ぬんだからな

と述べていた。

ハリスはアメリカ海兵隊に参加したいという願望を抱いていた。

しかし、ハリスは抗うつ剤であるフルボキサミンを服用しなければならず、それは裁判所命令であり管理療法の一環として取り続ける必要があった。

だが、抗うつ剤を服用している場合、海兵隊に入隊する事が出来ない為、ハリスは入隊申請書の中でフルボキサミンを服用している事を述べず、実際この時ハリスは服用を止めていた。

結局、ハリスは入隊する事はなかったが、事件後、遺体の剖検を行うとフルボキサミンを服用していた事が血中レベルから示唆された。

ただ、ピーター・ブレギンは、ハリスが有罪判決後に処方された精神科の薬がハリスの攻撃性を高めた可能性があると主張した。

セントベネディクト大学とセント・ジョンズ大学の博士号を持つオーブリー・イメルマン教授は、2009年4月に日記と個人的なコミュニケーションに基づいてハリスの性格プロファイルを公開した。

イメルマンはハリスを「病的な自己愛性人格障害」であり偏執的で反社会的であると述べた。

クレボルドは日記の中でハリスを「神のような存在であり、他のどの人間よりも高度に進化している」と書いていたが、また、自己嫌悪と自殺についても書いていた。

また、クレボルドはコロンバイン高校の女子学生に恋をしており、その気持ちを日記に綴っていたが、それとは別に怒りの感情を書いていた。

以前、逮捕された時にクレボルドはハリスに手紙を書き、警察に復讐し殺す事が非常に楽しみだと話し、そして、神になるだろうと述べた。

その為、逮捕された事への復讐が動機である可能性があり、警察との大規模な銃撃戦を展開する事を計画していたと推測された (実際に警察官に向かってに何度か発砲している) 。

クレボルドは死がなければ人生は楽しいものではなく、人生の最後の瞬間を殺人と流血の神経を壊すねじれの中で過ごしたいと書いた。

そして、自分が嫌っていたこの世界を去り、より良い場所に行く為に、後に自殺するだろうと結論を下した。

これらの日記によりクレボルドは「憂鬱で自殺願望が強い」とされ、それがハリスと合わさった事で最悪の結果になったのではと分析された。

2人は「The Basement Tapes (地下テープ) 」と呼ばれる自宅で録画されたいくつかのテープを残したが、それは警察によって破棄された。

破棄されたテープには2人が犯行の動機について話し合い、爆弾製造についても話していた。

警察はテープを破棄した理由について、公表した事によって刺激を受け模倣する人間が現れる事を防ぐ為だと述べた。

しかし、一部の心理学者はテープを研究する事で殺人者の特徴を知る事ができ、将来の為に役に立ったと主張する者も少なからずいた。

いじめが原因で犯行に及んだと広く知れ渡ってしまっているが、現在はそれが原因の全てではないという見解になっている。

2人はそもそも深刻な心理的問題を抱えており、FBIの特別捜査官によると、ハリスの欺瞞や軽蔑に満ちた性格、後悔や共感性の欠如はサイコパスの特徴だと述べた。

また、精神科医もハリスをサイコパスである事に同意している。


④に続く