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エリック・ハリス (アメリカ)
【 1981 ~ 1999 】



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ディラン・クレボルド (アメリカ)
【 1981 ~ 1999 】



エリック・デビッド・ハリスは、1981年4月9日、アメリカ・カンザス州ウィチタで生まれた。

両親はコロラド州で生まれ育ち、父親のウェイン・ハリスはアメリカ空軍で輸送パイロットとして勤務し、母親のキャサリン・アン (旧姓プール) は主婦であった。

ウェインの仕事柄、家族は国中を転々とする事が多かった。

1983年、ハリスが2歳の時にオハイオ州デイトンに引っ越し、6年後、ミシガン州オスコダに引っ越すと、1992年にはニューヨーク州ピッツバーグ、翌年、ウェインが軍を引退すると一家はコロラド州へ戻った。

ハリスの元同級生によると、この頃のハリスは、
「よくいる典型的な子供だった」
と述べている。

一家はリトルトン地区にある賃貸住宅に住んでいた。

ハリスは中学1年の時にディラン・クレボルドと出会う。

1995年、ハリスはコロンバイン高校に進学し、サッカーチームに所属した。

1年生から2年生の間、サッカーに打ち込んだハリスには友人も多くいた。

チームメイトのジョシュ・スワンソンは、ハリスは堅実なサッカー選手であり、スポーツを楽しんでいたという。

ハリスはドイツ語のクラスにいたティファニー・タイファーと出会う。

一目見て好きになったハリスはタイファーを口説いた (と後にタイファー自身が語っている) 。

タイファーはハリスに頼まれ学校から一緒に帰ったが、その後、タイファーはハリスと会う事を止めた (理由は不明) 。

ハリスは再びタイファーを誘うが拒絶されると、自身の体や地面に偽の血を撒き散らし、自殺しているように見せた。

それを見たタイファーはハリスが血だらけで倒れていると思い込み助けを求めて叫んだ。

すると、ハリスは起き上がり友人も現れ皆で笑い始めた。

1996年、一家はコロンバイン高校の南方に位置する場所で家を購入する。

父親のウェインはフライト・セーフティ・サービス・コーポレーションで働き始め、母親のキャサリンは仕出し屋で働いた。

1997年、ハリスは英語の授業でニューヨーク州からコロラド州へ引っ越した事が自身の人生で最も大きな事だったと述べ、

「プラッツバーグからの移動が最も辛かった。プラッツバーグでの思い出が1番多かった。私は友人たちの元から去った時、孤独を感じ迷子になった。そして今、私は止められない何かの為に行かなければならない」

と書き、引っ越す要因となった父親を非難している。


ディラン・ベネット・クレボルドは、1981年9月11日、コロラド州レイクウッドで生まれた。

ディランという名前は著名な詩人ディラン・トーマスから名付けられた。

父親をトーマス・クレボルド、母親をスーザン・フランシス (旧姓ヤセノフ) といった。

2人はオハイオ州立大学で出会い卒業後に結婚した。

トーマスは当初彫刻家として働いていたが、経済的安定を求めてエンジニアとして働き、スーザンは障害児の支援サービスに従事した。

スーザンはクレボルドを生んだ直後、将来この子供が自分に大きな悲しみをもたらすだろうと感じた (と銃撃の翌日に語っている) 。

クレボルドは生まれてすぐ肥厚性幽門狭窄症と診断される。

この肥厚性幽門狭窄症は幽門 (胃の出口) 部分の筋層が徐々に厚くなる事で幽門が狭くなる症状で、激しい嘔吐を引き起こした。

両親はルーテル教会に出席し、クレボルドや兄を連れて行った。

クレボルドは小学1年、2年をノルマンディー小学校で過ごし、その後、カバナーズランチ小学校に転校した。

クレボルドは才能ある子供達が集うプログラムに参加した。

幼い頃は非常に明るかったが、やや保護されているように見えたという。

クレボルドは中学校も転校したが、度重なる転校に不安を感じていた。

しかし、両親はそんなクレボルドの微妙な心の変化に気付かなかった。

クレボルドは幼い頃、野球やサッカー、ティーボールをしていた。

クレボルドの両親がリトルトンに家を購入し定住し始めると、ハリスと同じバスに乗るようになりここで知り合うようになった。

出会った2人はすぐに意気投合し、親友となる。

その後、ハリスの紹介でネイサン・ダイクマンを紹介し友人となった。

ハリスとクレボルドは一緒にブラックジャックピザで働き始める。

また、2人はコンピューターに興味を持ちボウリングを好んでプレイした。

ハリスについては好感が持てる好人物だと思う人もいたが、本人は他人を欺く能力に長け、何でも信じ込ませる事が出来ると (後のテープで) 自慢していた。

また、ハリスは短気ですぐ怒り、爆弾で他人を脅した。

クラスメートによるとハリスは戦争に魅了され、嫌いな人々を殺すという暴力的な空想を抱きそれを書き示していた。

クレボルドは仲間からは恥ずかしがり屋だと思われており、人見知りであった為、新たに誰かと話す際は挙動不審な様子であった。

クレボルドは基本的に他人に心を開く事はなかった。

ハリスとクレボルドが中学1年で初めて会って以降、時間の経過と共に親密になっていったが、どのような会話や行動をとっていたのかはそのほとんどがわからなかった。

わかっている事は頻繁にボウリング場へ行き、パソコンのプライベートサーバー上でビデオゲーム「Doom (宇宙海兵隊がアンデットの大群と戦うゲーム) 」をよくプレイしていた事だった。

2人の共通の友人チャド・ラフリンによると、昼食時はほとんど2人で食べていたという。

2人の仲の良さはゲイでロマンチックな関係だと噂される程であった (本人たちが噂を知っていたのかは不明) 。

彼らを知るジュディ・ブラウンはハリスがよりクレボルドに依存していたと後に述べている。

クレボルドは多くの学生から好かれいたが、本人は日記の中で誰からも受け入れられず、愛されていないと感じていると日記に書いていた。

クレボルドの母親は、ハリスの怒りの感情が自己破壊的なクレボルドの性格と混ざり合い、最悪の結果になったと後に述べている。

ハリスとクレボルドはコロンバイン高校では演劇制作やビデオ制作に積極的に取り組み、学校のコンピューターサーバーを扱った。

コンピューターの授業でハリスとクレボルドをアシスタントとしていた担当教師は、
「2人は私にとって何の心配もない信頼できる生徒であり、どちらも成績優秀であった」
と語っている。


②に続く



* 追伸 *

今年最初の記事は以前掲載していた「コロンバイン高校銃乱射事件」になります。

以前より作り直したいと思っていた記事であった為、今回作り直しこれから数日間に渡って掲載していきたいと思います。