
サディアス・ルウィンドン (アメリカ)
【 1936 ~ 1989 】

ゲイリー・ルウィンドン (アメリカ)
【 1940 ~ 2004 】
サディアス・チャールズ・ルウィンドンは、1936年12月22日、ゲイリー・ジェームズ・ルウィンドンは、1940年2月14日、アメリカ・オハイオ州でそれぞれ生まれた。
ルウィンドン兄弟の初期の人生についてはほとんどわかっていない。
サディアスはクリーブランド電子研究所を卒業し、オハイオ州コロンバスにあるコロンバススチールドラムカンパニーで技術スペシャリストとして働いた。
サディアスは結婚し、3人の子供が生まれた。
ゲイリーは1958年に学校を卒業後、アメリカ陸軍に入隊し空軍に配属された。
ゲイリーはベトナム戦争に参加し、1962年に除隊すると母親の元に戻った。
その後、後の妻となる女性と出会った。
ゲイリーは低所得の労働に従事する事を余儀なくされ、1962年から1977年まで軽微な窃盗、公共の場所での猥褻行為、武器の不法所持など様々な犯罪を繰り返し起訴された。
1977年、サディアスは離婚すると精神状態が不安定となり、それは深刻な状態であった。
その結果、経済的困難を抱える事になったサディアスは、強盗を一緒に始める為に弟のゲイリーを説得する。
ルウィンドン兄弟は家から離れた見知らぬ人間を標的に選んだ。
犯行は残酷で犠牲者を執拗に撃ち、それは10発から17発というものだった。
同年12月10日、兄弟はオハイオ州ニューアークのフォーカーズカフェの外で、ジョイス・バーミリオン (38歳♀) とカレン・ドッドリル (33歳♀) を撃って射殺した。
2人の凍った遺体はカフェの裏口の外で発見された。
警察は雪の上に散らばっている .22口径の銃から放たれた薬莢を回収した。
その後、クローディア・ヤスコ (26歳) という女性が、ボーイフレンドと友人の3人で犯行に及んだと警察に告白し、逮捕された。
3人は殺人罪で起訴される (ヤスコが何故やってもいない殺人を告白したのかは不明。後に兄弟が逮捕された後に3人共釈放されている) 。
1978年2月12日、兄弟はフランクリン郡にナイトクラブを所有していた起業家ロバート・マッキャン (52歳♂) の自宅に侵入する。
そして、ロバート、ロバートの母親ドロシー (77歳) 、ロバートのガールフレンドのクリスティーン・ハードマン (26歳) を強盗の最中に射殺する。
犠牲者3人は主に顔と頭周辺を複数発撃たれており、.22口径の銃の薬莢が遺体周辺に散らばっていた。
警察はすぐに2つの殺人事件に残された薬莢を調べた。
同年4月8日、オハイオ州グランビルで、ジェンキンス・ジョーンズ (77歳♂) が頭や体を撃たれ死亡しているのを発見された。
家からは現金や貴重品が盗まれており、また、ジョーンズが飼っていた4匹の犬も撃たれていた。
現場からは .22口径の銃の薬莢が回収された。
同年4月30日、フェアフィールド郡で司祭ジェラルド・フィールズ (35歳♂) が射殺される。
回収された薬莢の弾道テストの結果、他の犯行現場で見つかった薬莢と一致した。
同年5月21日、フランクリン郡でジェリー・マーティン (47歳) と妻のマーサ (50歳) の遺体が発見される。
ジェリーは会社の副社長であり、家からは貴重品が全て盗まれていた。
現場で .22口径の銃の薬莢が見つかり、弾道テストの結果これまでの殺人事件に使用された物と一致した。
ただ、マーサに撃ち込まれた弾丸は .22口径の銃ではあったが別の銃である事がわかり、単独犯ではなく複数犯の犯行である事がわかった。
同年12月4日、ゲイリーはクリスマスに向けて経済的に困窮しているとしてジョセフ・エニック (56歳♂) を襲い殺害した。
同年12月9日、ゲイリーはディスカウントショップでエニックから盗んだクレジットカードを使用し、子供たちの為に45ドル (約5000円) のおもちゃを買った。
すると、駐車場で店のセキュリティサービスに拘束され、その後、警察に連行された。
尋問に対してゲイリーはこれまでの犯行について詳細に語り、兄弟での役割について話した。
最後の犯行にサディアスが参加しなかった理由は、兄弟間で紛争が起き、サディアスが犯罪活動への参加を拒否したからだった。
同年12月11日、ゲイリーの証言によりサディアスも逮捕された。
同年12月14日、兄弟は殺人罪で起訴された。
兄弟は10件の殺人と強盗で起訴された。
1979年1月、兄弟はこれまでの証言を放棄し、一転無実を主張した。
しかし、兄弟のアパートを捜索すると、殺人に使用された銃器、犠牲者の多くの所持品が見つかり、言い逃れ出来ない状況であった。
結果、サディアスはバーミリオン、ドッドリル、ジョーンズ3件の殺人で仮釈放の可能性がない3つの終身刑が、ゲイリーは8件の殺人で仮釈放の可能性がない8つの終身刑が言い渡された。
刑務所に収監されたゲイリーだったが、精神状態が不安定となり、自殺願望の兆候を示した為、リマ州立病院へ移送された。
1982年3月、ゲイリーは脱走しようとして捕まった。
1989年4月16日、サディアスは肺癌により死去した。
享年52歳。
2004年10月24日、ゲイリーは心臓血管疾患の合併症により死去した。
享年64歳。
《殺人数》
10人
《犯行期間》
1977年12月10日~1978年12月4日
∽ 総評 ∽
『The .22 Caliber Killer (.22口径殺人者) 』と呼ばれ、強盗目的で10人を射殺したルウィンドン兄弟。
兄弟での犯行といえば、同じアメリカのブライリー兄弟やカー兄弟、クック兄弟や中国の『ニ王』等が有名だが、このルウィンドン兄弟同様どの犯行も陰惨で残酷になる傾向にある。
また、少なくとも2人以上で犯行に及ぶ為、犠牲者の数も飛躍的に多くなる。
ルウィンドン兄弟はお金持ちと思われる人物を狙って犯行に及んでおり、事前に何らかの情報を掴んでいたのは間違いない。
ただ、これだけの犯行に及んでいるにも拘わらず、兄弟2人共死刑にならなかった。
オハイオ州はアメリカで死刑が復活して以降、普通に死刑判決が下され執行も極端に少ないわけではない。
それなのに何故、こんな鬼畜兄弟が死刑にならないのか。
比較的早めに病死してくれたから良かったものの、ダラダラと80歳90歳と生きられたら無駄な出費にしかならず、いつもながら司法は一体何を考えているのかと思う。
コメント
コメント一覧 (12)
総合的に見ても殺すべきです。
生かす理由はないし。
どうせある程度はなすりつけもしてたでしょう。
みっともない。
総合的に見なくても処刑すべきですよ。
生かす理由なんて何もないです。
カネに無心になって強盗殺人事件を起こした
土屋和也に似てますね…
(上告審でも死刑が維持され現在は死刑囚として収監中。コイツも訳あり)
病気で死んでくれるとは 良いですね。
おそらく苦しんで死んだとは思います。
こんな反社会性の塊みたいな奴ら生かしとく価値は無いですねコイツらを死刑にせずに誰を死刑にするんだって感じです。
そうでしょうね。
アメリカの場合は日本より厳罰ですしあまりおかしな判決は少ないですが、その時の情勢や状況によって変わってしまう事は多々ありますね。
死んでくれて良かったですけど本当に司法は何やってんだか。
そして管理人さんへ
40人殺した?メキシコ人?のファナ・バラーザって女と、
アメリア・ダイアって子供殺しと、
張永明って肉食男と、
カタリーナ・デ・ロス・リオス・Y・リスペルギアってチリの貴族女?
アクア・トファナって毒殺女?
ご存知でしょうか?もし気が向きましたら掲載お願い致します!!
フアナ・バラサと張永明はすでに掲載しています。
他の人物は掲載してませんが今度調べてみます。
値上がりはしては値下がりする事はないですからね。
国民の声を無視してオリンピックを強行してその後の経済がどうなるかですね。
2018年2月に死去しました。
掲載してほしいです。
以前、インドのシリアルキラーを調べた時に出てきた名前ですね。
今度調べてみます。