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マヌ・シャーマ (インド)
【 1977 ~      】



マヌ・シャーマ (出生名シッダールタ・バシッシュト) は、1977年に生まれた。

父親は1990年代にラジャサブハで国会議員を務め、後にハリヤーナー州議会に選出された。

叔父は1992年から1997年まで大統領を務めたシャンカー・ダイヤル・シャーマ (9代) の義理の息子であった。

家族はハリヤーナー州インドリとパンジャーブ州パトランに2つの製糖工場を所有していた。

シャーマは子供の頃から喘息に苦しんだ為、親に気を掛けられ大切に育てられた。

シャーマはアジメールにあるエリートのメイヨー・カレッジで教育を受ける。

その後、チャンディーガルの大学で商学部に2年間通い学部課程を修了した。

1990年代後半、シャーマは首都デリーで定期的にパーティーに出掛けた。


1999年4月29日、シャーマは無許可で運営されている酒場で行われたパーティーに出席した。

そこで、ジェシカ・ラル () に1000ルピー (約1500円) で一緒に酒を飲もうと促すがラルは拒否する。

それに腹を立てたシャーマは .22口径の銃でラルを撃って射殺した。

シャーマは逮捕され、殺人、証拠の隠滅、その他の罪で起訴された。

裁判中、32人の目撃者がシャーマにとって不利な証言を行った。


しかし、裁判は長引き、訴訟が提起されてから7年経った2006年2月21日、シャーマは無罪となった。

判決後、裁判官は
「デリー警察が彼の訴訟となった根拠を維持出来なかったので裁判所は無罪とした。警察はジェシカ・ラルに使用された武器を回収出来ず (シャーマが破壊して捨てていた) 、空の弾倉が現場から回収されたが、1つの武器から発射されたという根拠を証明出来なかった」
とコメントを発表した。

無罪判決後、シャーマは釈放されるが、判決を不服とした多くの国民が抗議デモを引き起こした。


その為、同年3月、訴訟はデリー高等法院で再承認され、迅速に審理が行われた。

新たな証拠の中にはシャーマの車内から2つの使用済みの弾倉があり、その内の1つの弾道分析を行うと、ラルの頭蓋骨から回収された弾丸と一致する。

この証拠は公判で見落とされていた。


同年12月18日、デリー高等法院はシャーマには終身刑が言い渡された。

判決後、ティハール刑務所に収監された。

シャーマは弁護士を通して最高裁判所に上訴した。


2009年9月24日、デリー副知事はシャーマの母親の病気を理由に30日の仮釈放を許可した。

仮釈放については警察が強く反対し、しかも、シャーマが仮釈放された事が公表されたのは後の事だった。

シャーマは祖母の葬式に参加し、家の問題について家族で話し合った。


同年11月、シャーマがデリーのナイトクラブを訪問したという報道がメディアによって流された。

報道を受けシーラ・ディクシット首相がシャーマが30日の間仮釈放を認めていた事を公表し、国民から非難を受けた。

また、仮釈放中にシャーマがデリー警察の警察長官の息子と喧嘩しており、仮釈放違反を犯していた事もわかった。


同年11月10日、シャーマは刑務所に戻された。


2010年4月19日、最高裁判所は終身刑を支持した。


2011年11月、シャーマは弟の結婚式に出席する為に仮釈放が認められた。

仮釈放中はカルナール、チャンディーガル、アムバーラの3都市以外の移動、ナイトクラブへの出入りを禁じた。


2013年12月、シャーマには9日間の仮釈放と、2014年12月26日には修士号を取得する為の30日間の出席が認められた。


2015年4月22日、シャーマはムンバイの女性と結婚した。


2017年11月、刑務所での行いが良いとして、シャーマは「オープン刑務所」に移された。


2020年6月2日、シャーマの仮釈放が許可され釈放された。

ラルの唯一の生存遺族であるサブリナ・ラルは、シャーマの仮釈放を認める書簡を送り、異議がないと述べている。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1999年4月29日



∽ 総評 ∽

今回のこのシャーマの事件は、とにかく司法の愚かさに尽きる。

最後、唯一の遺族が仮釈放を認めているが、おそらく司法に絶望しもうどうでもいいと思っての事だろう。

そもそも普通に射殺していて判決まで7年を費やし、しかも無罪となる。

裁判官が「十分な証拠がない」として無罪としたが、この犯罪のどこが冤罪になりえると言うのだろうか?

もしかしたら権力者一族の圧力でもかかった可能性がある。

その後、国民の当然の抗議で改めて裁判を行い、すぐに終身刑となる。

弾道分析を行いそれが一致するとか射殺事件では最も重要な証拠が公判で欠落するなんて信じられない。

母親の病気を理由に30日間の外出を許可し、それを問題を起こした後に世間に公表する。

政府は一体国民をどれだけバカにすれば気が済むのか。

また、弟の結婚式があるからといって仮釈放、修士号を取るからといって仮釈放、終身刑とは一体何なのだろうか。

そして、現在シャーマは釈放され自由の身である。

司法はどれだけ犯罪者を甘やかせばいいのか、もう呆れてしまって言葉も出ない。