
ウラジーミル・ニコラエフ (ロシア)
【 1959 ~ 】
ウラジーミル・ニコラエヴィッチ・ニコラエフは、1959年3月16日、ロシア (ソ連) ・ノヴォチェボクサルスクで生まれた。
友人によるとニコラエフは閉鎖的でアルコール依存症であり、乱暴であったという。
ニコラエフは長く犯罪歴を持ち、最初の犯行は1980年で、窃盗と強盗を行い有罪判決を受けた。
その後、2回以上は有罪判決となったが、刑期は2~3ヶ月で最長でも7ヶ月であった。
7ヶ月の刑務所生活から釈放された1997年、ニコラエフは最初の殺人を行う。
実は最初の殺人は偶然によって起こった (と本人が主張している) 。
酔っ払ったニコラエフが飲み仲間の男性と口論となると拳で殴った。
その場に倒れ動かなくなった男性をアパートの2階に運び、目覚めさせようと冷水を浴びせるがすでに死んでいる事に気付いた。
ニコラエフは男性の遺体を浴槽に運ぶとバラバラに解体し埋めようとするが、解体している最中にその肉を食べたいと思い始めた。
そして、腿の肉の一部を取り除き、それをローストして食べた。
人肉を食べたニコラエフはその味に魅了された為、他の部位を食べ続けようと考えた。
ニコラエフは再び飲み仲間を殺害するが、今度は人肉の為の意図的な殺人であった。
ニコラエフは人肉の一部を食べると、残りを知人に配り、更に公開市場で5kg (約10ポンド) を販売する。
そして、客にはサイガ (オオハナカモシカ) の肉だと偽って売っていた。
ニコラエフは人肉の売上金でアルコールを買った。
しかし、実際に人肉を食べた一部の人々が、サイガの肉との違いに気付いた。
そして、肉を分析すると、人間の血液が含まれている事が判明する。
1997年5月25日、ニコラエフは逮捕された。
逮捕されたニコラエフは犯行を告白した。
同年、ニコラエフは有罪判決が下されると死刑が言い渡された。
しかし、1999年に大統領令により死刑は停止され、後に終身刑に置き換えられた。
ニコラエフは死刑という制度には反対だが、死ぬまで刑務所に居続けるよりも処刑された方がましだと話した。
2001年、ニコラエフは別の刑務所に移送された。
このニコラエフの事件は、ナショナル・ジオグラフィックのドキュメンタリー「Russia's Toughest Prisons (ロシアの最も厳しい刑務所) 」で紹介されている。
《殺人数》
2人
《犯行期間》
1997年
∽ 総評 ∽
『The Novocheboksarsk Cannibal (ノヴォチェボクサルスクの食人鬼) 』または『The Ogre (オーガ) 』と呼ばれ、ニコラエフは人肉を食べるだけではなく販売して売り捌いた。
ニコラエフは最初の殺人は偶然であり (あくまで本人曰くである) 、しかも、解体している最中に食べたくなったと述べた。
しかも、食べてみるとあまりの美味しさに人肉の虜となった。
おそらく、殺人も解体も食人も偶然等ではなく、食べたかったから殺したと思われる。
ロシアはこれまで紹介してきた通り食人鬼が異様に多く、ロシア型殺人鬼の代表的な特徴の1つと言えるが、ニコラエフもその例に漏れなかった。
しかも、人肉をニコラエフは知人に配り、販売して売った。
実際に買って食べた人間もいたようだが、サイガと偽って食べた肉がサイガとは異なった為、発覚した。
まるで都市伝説のような話であるが、実際に起こった事が恐ろしくてならない。
コメント
コメント一覧 (25)
サイガという動物の肉と偽って売ってるくらいだから2人しか殺してないことはないでしょう。
けんかしてうんぬんと鬼畜は言っていますが...かなり怪しいですね。
手際の良さを考えても信じられません。
死刑にできないと言う理由で終身刑。
しかも暴言うんぬんまで吐かれる始末。
本当に多いと思いますね。
ロシア殺人鬼の特徴といえると思います。
2人というのは私もないと思いますね。
私も喧嘩の末というのは嘘だと思います。
食人に興味しかなくそれをどのように実行するか機会を伺っていたのだと思いますね。
その気が無いクセに「処刑された方がマシ」と言うならば、とっとと自らを喰い殺せ!・・・・・・と面罵したくなりますね。
最初の殺人も喰人目的だと思いますね。
毎度の事ながら、犠牲者は2人では無い可能性が高い。
ロシアは古代中国に次ぐ、残忍な処刑を数多執行してきたのに人格者ぶってでも、EUとの経済貿易が大事なんですね。
処刑された方がましというのは嘘でしょうね。
本当に処刑を望むならさっさと自殺するでしょうし。
ロシアは中国と違って西洋に傾きつつあるのが情けないですよね。
ロシアの国土の多くは亜寒帯(Dfc)で、平均気温が10℃以上の月が、
3か月以下しかなく、農業に適していません。
比較的温暖なウラル以西で、小麦や米を生産しています。
食糧難と食人は密接な関係がありますね。
確かに最も効率が良いともいえますし。
やはり第二次世界大戦の影響が今も続いているのではないでしょうか。
レニングラードはナチスドイツに包囲され、300万人の市民のうち、
実に半分近くが餓死したそうですから。
生き残った人達は、死んだ人の肉を食べて生き延びました。
これは一度に出た餓死者としては、アイルランドのジャガイモ飢饉に匹敵する数字です。
そうなんですね。
日本でもありましたよね八甲田山でしたっけ。
アイルランドの飢饉が気になりますね。
あの出来事がきっかけで、アイルランド人はイングランドの支配下だった母国を捨て、
新天地のアメリカへの進出が相次ぎました。
最盛期には800万人いたアイルランドの人口も、1840年代を境に激減し、
現在も当時の人口まで回復していません。
アイルランドも元々冷涼な土地で、麦やジャガイモなどしか取れませんでしたからね。
また、アイリッシュウィスキーが有名です。
余談ですが「風と共に去りぬ」のスカーレットの父親もアイルランド人で、
アイルランドの難民から一代で大農場主になったという設定です。
現在も回復していないというのは凄いですね。
そりゃ誰だって新天地求めたくもなりますよね。
八甲田山は奥羽山脈の終点であり、豪雪地帯としても知られていますからね。
積雪が5mを超えた年もあり、道路は雪の回廊となります。
遺体は氷像のようになっていたそうですね。
痛ましい話です。
実は日本では熱中症よりも凍死者の方が多いそうです。
関東以南の一戸建て住宅は、東北よりも断熱が悪いですからね。
寒い方が耐えられないですからね。
凍死はあっという間の出来事ですから。
人肉を人に売った理由はなんでしょうね?多分死体の処理に丁度いいと思ったんでしょうけどもし人肉の美味しさを他者に教えるためとかだったら恐ロシアですね。
よく都市伝説でありますけど、このロシアの場合の信憑性はこれまでの比ではないですね。
人肉は1度味わうと忘れられないと多くの殺人鬼が言ってますが、どうなんでしょうかね。
中国では史書で「子供と女が1番上手い。男と老人は不味い」と書いてるそうですが。
良く聞くのが「酸味の利いた豚肉」に近い味らしいですね。
獣害でも、女子供が積極的に狙われるらしいので柔らかい肉質なんだと推察されます。
※抵抗が弱いと腹から喰われ、即死できないそうです。
大陸では原始時代の骨から肉を削いだ遺骨も発見されている事から、大昔から茶飯事だったのかも知れません。
※日本でも死肉を食べた記述された書物も存在しますが・・・・・・
かのジェフリー・ダーマーは人肉を味わうと他の肉は食べられなくなると言っていましたが、実際どうなんでしょうかね。
確かに肉質は柔らかいように思いますね。
おそらくそうでしょうね。
肉の味の違いに気付いた人はその肉の正体を知って尚更気持ち悪かったと思います。
それにしても死刑制度廃止にして税金で養い続けるのは如何なものかと。
もはや恒例ですね。
ロシアも酷いですよね。
死刑廃止は完全にヨーロッパに気を遣ってでしょうね。
よく死刑があっても犯罪の抑止力にはならないとか言う人もいますが、死刑が無くなったとしても犯罪が減るわけではなければ死刑存置で良いと思います。
死刑廃止のデメリットは多々ありますがメリットがよくわからないですね。
犯行当時13歳ということもあり更生施設での入所が命じられましたが、事実上の無罪判決ということもありネットなどでの怒りは相当でした。
掲載してほしいです。
酷い事件ですね。
今度調べてみます。
間違いなく多いですね。
確実な因果関係はわかりませんが、やはり土地柄というのが関係していると思います。
ロシアは基本的に1年通して寒く、食物が育ち難い環境にあります。
食べ物の維持が困難故に食糧として人間を食べるという根底に根付いているように思います。