
ミハイル・マカロフ (ロシア)
【 1962 ~ 1988 】
ミハイル・オレゴヴィッチ・マカロフは、1962年3月12日、ロシア (ソ連) ・レニングラードで労働階級の家庭に生まれた。
中学を卒業したマカロフは、職業学校に入学し、コムソモールの一員となる (マルクス・レーニン主義党、主に共産党の青年組織) 。
大学卒業後、軍隊に入るがすぐに除隊し、レニングラードに戻った。
そしてレニングラードで職に就き結婚する。
マカロフは妻の親類と一緒に生活していたが、会社の経営者が1人暮らしのアパートに住まない事を常に非難し、マカロフを「parasite (寄生虫) 」や「loser (敗者) 」と呼んだ。
マカロフは暇な時、将来殺人者になる為に刑事文献を読み、話題の映画を観る事を好んだ。
また、マカロフはしばしば妻の両親を殺す方法を空想し、その場合、自身が最初の容疑者になるが、やがてその空想に危険性がない事に気付いた。
そして、マカロフは「共同アパートを買う為にお金を手に入れる」という理由で犯罪を始める。
1986年2月、マカロフは10歳の少年を襲う。
マカロフはドライバーで少年の頭と胸を何度も刺し、金や貴重品を盗んだ。
マカロフは少年がすでに死んでいると思っていたが、少年は死んだ振りをしていた。
最後、マカロフは念の為にタバコを押し付けるが、少年は熱さと痛みに必死に耐えた。
完全に死んだと思ったマカロフは犯行現場を静かに去ったが、少年は一命を取り留めるも障害者となった。
同年4月7日、マカロフはダーシャ (11歳) という少女を殺害する。
マカロフはダーシャを強姦し、鋭利なドライバーで少なくとも30回刺した。
その後、ダーシャの家でお金や宝石、オモチャ等様々な物を盗んだ。
次にマカロフは第二次世界大戦の際、ナチスドイツによる「レニングラード包囲戦」で活躍した年金受給者を殺害する。
マカロフは遺体をゴミ処理場に運び、再び別のアパートを物色し始めた。
その際、マカロフは女性に目撃された為、女性をアパートに引きずり込み、ドライバーで51回刺した。
マカロフは盗む物が何もなかった為、何も盗らずにその場を去った (女性は一命を取り留めている) 。
同年5月、マカロフはマーシャという5歳の少女を殺害する。
マカロフは捜査を撹乱させる為に、マーシャのアパートを破壊し、シラジット (ヒマラヤ山脈で採取される天然の腐植土と植物性有機物の混合物) を壁に塗り付けた。
マカロフはお金や宝石、本を盗んだ。
だが、次の犯行に及ぶ際にマカロフは失態を犯した。
通常、マカロフは路上で見かけた子供をアパートまで尾行し犯行に及んでいたのだが、この時は標的を探す為にアパートを歩き回り、図書館の従業員を装って部屋に押し入ろうとした。
しかし、標的とした少年の母親がドアを開けた為、マカロフは逃げ出した。
母親はマカロフの容姿をよく覚えており、すぐに警察に通報し、情報をもとに似顔絵が作成された。
マカロフはマーシャ殺害の際に盗んだ本を古本屋に持って行く事に決めた。
マカロフは新聞でその古本屋が珍しい本を買い取っている事を知った。
しかし、店員がページに付着していた血痕に気付き、マカロフが去った後にすぐに警察に通報した。
警察は犯人をマカロフだと特定し、同日にアパート近くで逮捕した。
逮捕されたマカロフはすぐに自身の罪を自白した。
マカロフはレニングラード郊外にある地下室に案内し、警察はそこで略奪品の一部とお金を発見した。
他の略奪品に関しては、通行人や友人に売ったと話した。
1987年11月27日、マカロフは銃殺による死刑が言い渡された。
マカロフはすぐに恩赦の請願書を書き「血を償う」為にアフガニスタンに送られる事を望んだ。
しかし、請願は拒否され、1988年、銃殺による死刑が執行された。
最後に犯罪に憧れた際の心境を語ったマカロフの発言で終わりたいと思います。
「犯罪者、殺人者、強姦犯と同じ感覚を体験したかった」
《殺人数》
3人 (他被害者1人)
《犯行期間》
1986年4月7日~同年5月
∽ 総評 ∽
『The Executioner (死刑執行人) 』と呼ばれ、強盗目的で犯行に及んだマカロフ。
マカロフは本人曰く共同アパート購入の為に強盗殺人を行ったが、それは全くの嘘であろう。
もしそうならもっとお金を持っていそうな相手を狙うはずであり、最初に10歳の少年を襲っている時点で目的が嘘であるのは明白だ (1人は高齢者であるが) 。
マカロフがこれ程の犯行に及ぶ異常者となった理由がよくわからない。
妻の両親を殺したいと思ったという事は、おそらくマカロフは婿養子かもしくは妻側の家に住み、日頃から肩身の狭い思いでもしていたのかもしれない。
た だ、その両親を殺す事はなく、幼い子供ばかりを手にかけるマカロフはただの卑劣で許し難い鬼畜である。
コメント
コメント一覧 (12)
当時、ロシアはアフガニスタンと戦争していたようです。
どうせなら、他の方が前に仰っていたように、
一生地雷原の撤去作業をさせた方が「血の償い」になると思いますが…。
本当に恐ろしいですね。
なるほど紛争中だからそういう発言だったという事ですね。
しかし、死刑を廃止しているのは残念です。
今回の事例のように予定通り執行する。
それだけでも点数は大幅に上がると思うのですが。
死刑を廃止している時点で私は良くなっているとは思えないですね。
自分自身に言い訳しながら、次々と凄惨な殺戮を繰り返し、標的の母親が出て来た程度で逃げ出す位なので相当、貧弱な腕力しか無かったのでしょう。
自分だけは死にたくないから、醜悪にも嘆願書を出してアフガニスタン行きを要望する図々しくも厚かましい。
※現地の子供達を襲う、腹積もりだったのでしょう。
こんな、貧弱なクソムシは役に立たないと思ったのでしょうね。
※スベツナズですら、大損害を受けていた程の戦場ですから。
この後、ロシアは死刑を廃止しますが、死刑廃止は凶悪犯罪者を増殖させるとは、考えないんてすかね?バカチン・ロシア司法。
情けない鬼畜ですね。
死刑廃止にして鬼畜を永遠に飼い続ける。
愚かとしか言いようがないですね。
殺人鬼に憧れて殺人鬼になる馬鹿は何度も紹介されていたと思いますがコイツもその馬鹿の一匹だったようですね。
どう考えても殺人が主目的なのに金目当ての犯行ってことにしたがってたのは何故なんでしょうね?殺人鬼特有の意味不明なポリシーでしょうかね?まぁどうでもいいですけど。
コイツ絶対アフガニスタンに行けたら一般市民を襲ってやろうとか考えてたんでしょうね。
ロシアの鬼畜は本当に恐ろしいです。
異常者にとって異常な殺人鬼は羨望の対象となるのでしょう。
遠く離れた事をいいことに無茶苦茶やったでしょうね。
とほざける精神構造にはゾッとしました。
戦場では弱者には好き放題してそうなので処刑されてよかったと思います。
戦中のごくごく短期間だけルーマニアを支配したアイアン・ガードは載せてほしいですね。
ごくごく短期間しか支配できませんでしたが、あまりにネジがぶっ飛んだ支配をしてたのは衝撃でした
今度調べてみます。
気になりますね。
調べてみます。