
グスタボ・テルセロ (スペイン)
【 1970 ~ 】
グスタボ・ロメロ・テルセロは、1970年、スペイン・バルデペニャスで生まれた。
テルセロは若くしてヨランダ・サエスと結婚し、2人の子供が生まれた。
だが、テルセロは家庭内暴力を妻や子供に対して行っていた。
テルセロは家では暴力的であったが、近隣住民にはそのような人物には思われてなかった。
しかし、テルセロは若い頃から性的強迫観念に駆られ、それは衰える事なく、覗きをよく行い、特にバルデペニャスの公園がお気に入りの盗撮スポットであった。
1993年6月18日、テルセロはいつものように公園に向かうと、アンヘル・イバニェス (24歳♂) とサラ・ドトール (20歳♀) のカップルを目撃する。
そして、公園の外で待ち伏せする。
カップルが公園の外に出て来ると、ナバハ (スペインで伝統的な折り畳みナイフ) で武装したテルセロが脅し、鉄道の隣にある無人の暗いエリアへ連れて行った。
そして、テルセロは2人に金品を要求し、イバニェスは財布を渡した。
ドトールはテルセロが兄弟の雇用主の甥だと気付いた。
すると、テルセロがイバニェスの左腕と胸を何度も刺した。
すでにイバニェスは死んでいたが、刺すのを止めなかった。
ドトールはバルデペニャスの鉄道駅へ向かいフェンスを越えて走って逃げた。
しかし、85m逃げた所でテルセロに追い付かれ、ドトールは首を刺された。
すると、ナイフの傷が脊髄に至り、ドトールは四肢を麻痺させうつ伏せに倒れた。
動かなくなったドトールをひっくり返し、フィスティング (拳を膣に挿入する行為) を行い、何度も殴り胸を刺して殺害した。
テルセロはドトールの服を剥ぐとジャバロン川に投げ捨てた。
それから100m程離れた果樹園の水車に凶器のナイフを捨てた。
後に妻サエスの供述によると、テルセロは午前1時25分頃に家に戻り、翌日、夜着ていた服と2つのナイフを捨てたと述べている。
サエスはテルセロを怪しんだが、警察に通報しなかった。
同年6月23日、テルセロはカナリア諸島ラス・パルマスへ向かった。
1997年、テルセロは再びバルデペニャスへ戻った。
テルセロはドトールの兄弟と友人となり、ドトールの捜査がどのように進んでいるか尋ねた。
1998年、テルセロは肉包装工場、売春宿の料理人等と職を転々とした。
同年6月25日午後4時30分頃、テルセロは売春宿の仕事を終え、車で帰ろうとするが免許証を持っていなかった為、未舗装の田舎道を通った。
すると、サイクリングしていたロサナ・マロト (21歳♀) を目撃する。
マロトはシウダード・レアルで美術を学び、2日前にバルデペニャスに戻ったばかりであった。
テルセロは (本人曰く) 偶然マロトと接触してしまい、車から降りるとマロトの蘇生を始めた。
テルセロはマロトが死んでいると思い、イバニェスとドトール殺害が発覚する事を恐れ、マロトを車のトランクに、自転車を後部座席に入れ井戸に捨てようと放棄された農場へ向かった。
マロトの服を脱がすと意識を取り戻し、マロトは何が起こったのかテルセロに尋ね、自転車を返すよう要求した。
テルセロは靴紐でマロトの首を絞めて殺害し、井戸に遺体を捨てた。
3日後の28日、マロトが失踪した地域でバックパックが見つかった。
バックパックにはランニングシューズ、ウォークマン等が入っており、男性の血液等のDNAも見つかった。
その後、捜査は行き詰まるが、2000年にマロトの自転車がバックパックが見つかった場所からわずか300mの所にある井戸で見つかった。
警察はバルデペニャス周辺にある約1000の井戸を調べ始めた。
2003年、井戸から白骨化した遺体が発見され、調べるとマロトの遺体だと判明する。
遺体は自転車が見つかった井戸から約4km離れており、この時まで警察は約300の井戸を調べていた。
そして、遺体からテルセロのDNAが見つかる。
同年10月9日、テルセロは逮捕されるが、当初はマロトへの強姦の罪であった。
テルセロは強姦を否定し、同意だったと主張した。
しかし、妻サエスが、テルセロがマロトを暴行し殺害したと話し、すでに数人殺害しているので気にしないと述べていたと警察に話した。
テルセロが家庭内暴力の為に拘留されている間、目撃証言とDNAによりイバニェスとドトール、マロト殺害全てが結び付き、また、凶器も発見されテルセロは3件の殺人で起訴された。
テルセロは犯行は仕事が上手くいかず、貧困に喘いだ結果、イバニェスとドトールを強盗目的で襲ったが、殺人はエスカレートした結果だと主張した。
しかし、当時のテルセロは失業手当で8万ペセタ (約6万4000円) 、違法のバーで2万5000ペセタ (約2万円) 稼いでおり、裁判所は強盗ではなく殺人が本当の動機だと裁定した。
テルセロを診察した精神科医は、サイコパスだと診断した。
2005年4月22日、殺人や強姦、強盗等で有罪となり、最低30年は仮釈放がない禁錮103年以上が言い渡された (マロトの誘拐では無罪) 。
警察はテルセロがシウダード・レアルとカナリア諸島に住んでいた間に複数の女性を襲い殺害した可能性があると判断した。
実際、2001年に少女や女性が殺害された事件が起こっていたが、捜査の結果、それらはテルセロではなく別の人物である事が判明している。
《殺人数》
3人
《犯行期間》
1993年6月18日、1998年6月25日
∽ 総評 ∽
「The Valdepeñas Killer (バルデペニャスの殺人者) 」と呼ばれ、3人を殺害したテルセロ。
テルセロはどのような幼少時代を過ごしたのか詳細がわからないが、結婚後、家族に暴力を振るった。
ただ、外面が良かったのか近隣住民にはそんな粗暴な人物には見られていなかった。
これは後に精神科医が述べた通りサイコパスの特徴といえる。
テルセロが行った犯行は残酷極まりない。
脊髄を刺して動けなくなかった相手の膣に拳を無理やり挿入し、そして、散々殴り殺害するという非情さであった。
テルセロによる確実な犠牲者は3人であるが、警察は他にも余罪があると考えた。
後に別の殺人鬼の犯行とされたが、個人的には間違いなく発覚してない犯行などもっとあると思う。
コメント
コメント一覧 (8)
30年で仮釈放はは危ないでしょう。
本音はフランコ政権の時に行っていた鉄環絞首刑で処刑すべきと思いました。
危なさしかないですね。
生きて出てくる可能性が高く、しかもスペインならもっと早く出てくる可能性すらあります。
殺人は強盗がエスカレートした結果なんて絶対嘘ですねどう考えても殺人がメインで盗みはオマケです。
警察は余罪があると疑ってるようですが是非余罪を見つけてもっと厳しい罰を与えてほしいですまあ死刑が無い時点で大した違いはないとは思いますが。
本当にそうですね。
私も殺人のついでに強姦と強盗みたいな感じだと思います。
死刑がないですし、しかもスペインは法律で「連続で30年刑務所に滞在させる事」を禁じています。
だから終身刑とは名ばかりで全て懲役30年です。
犠牲者はおそらくは数倍~十倍は居ると思いますね。
嘘しか言わない凶悪クソムシの供述なんか全く信用できないのは明白です。
人権なんぞ与えず、拷問・自白剤投与してでも犯行を明らかにするべきでしょう。
自称・進歩的民主主義者の虚しい戯言は普通に暮らしている人達には全く益をもたらさず、災厄のみなのです。
スペインやイタリアとかは財政困窮しているのにクソムシを飼育し続けるんですかね?
目を覚ますべきでしょう!
本当に飼育ですね。
生涯衣食住を保障する飼育です。
こんな鬼畜の供述をなんで鵜呑みにするんですかね、疑問しかないですよ。
仰る通り拷問や虐待でもやって吐かせればいいんです。
最高裁が勝又被告の有罪を認定、無期懲役が確定しました。
一昨年の高裁では母親に「自分で引き起こした事件、
迷惑をかけてごめんなさい」と記した手紙を、自白以外の証拠と認定。
弁護側は無罪を主張し上告しましたが、棄却されました。
被告は猥褻目的で当時小学1年生の被害者を誘拐。
被害者を裸にした挙句、ナイフで被害者の胸を十数回刺して殺害しました。
傷は、背中にまで達していました。
逮捕まで10年近く、遺族はどんな思いで過ごしたのでしょう。
それから今日に至るまで何年も掛けて、無期懲役しか下せないのはどういう事でしょう。
まあ無期懲役は日本では正直頑張った方でしょうね。
私も裁判の長さは何とかならないものかと思います。
被害者や遺族の精神的負担はかなりのものですし、費用もばかになりません。