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ロバート・フック (アメリカ)
【 1959 ~ 2018 】



アメリカ・オハイオ州シャロンビル出身のロバート・ヴァン・フックの母親は、精神病の病歴があり、薬物とアルコールの中毒者でもあった。

また、父親も薬物とアルコール依存症であり、そんな両親からフックは日常的に虐待を受けて育った。

父親はミュージシャンであったが、フックが11、12歳になる頃には薬物とアルコールを教えた。

14歳の時、父親とフロリダ州へ引っ越すが、最終的には父親から逃げるように家を出た。

行く当てのないフックは路上で生活し、時には男娼でお金を得て生活した。


その後、フックは軍隊に入るが、1980年代初頭に名誉除隊となった。

除隊の原因はアルコールや薬物によるものであったが、治療やカウンセリングを受ける事はなかった。


1985年2月18日、フックはオハイオ州シンシナティにあるゲイバーでデイビッド・セルフ (25歳♂) と出会う。

意気投合したフックはセルフに誘われるままアパートに向かうと、迫ってきたセルフの首を絞めて殺害した。

そして、キッチンからナイフを取り出すと、セルフの右耳の後ろを刺し、脳に向かって突き上げた。

それからセルフの首を切断し、腹部を切開すると心臓や肝臓を切り取り、亜硝酸アミルとそのキャップ、タバコの吸い殻に凶器のナイフを詰め込んだ。

その後、冷蔵庫を調べ、いくつかの所持品を盗むとその場を離れた。

事件が公になると、同性愛者が腹部を切り裂かれ中にナイフ等を詰め込まれるという凄惨な事件に、ゲイのコミュニティがパニックとなった。


同年4月1日、フックはフロリダ州ローダーデールで逮捕された。

逮捕後、フックはすぐにセルフ殺害を認め、

「私の目的は同性愛者を誘惑する事でした」

と述べた。

フックは同性愛者を嫌っており、それは父親の教えだと話した。

また、15歳から生きる為に同性愛者と性行為に及んでいたが、所持品を盗んだと述べた。

裁判で弁護士はフックは精神を病んでおり、セルフがベトコンの兵士だと考え犯行に及んだと主張した。

フックを診察した心理学者は、フックが人格障害に苦しみ、異常性愛と同性愛両方のアイデンティティを持っていると述べた。

だが、別の精神科医は、フックが自分のやっている事が間違っている事だと認識し、殺害の最中も正気であったと主張した。


同年7月30日、裁判官はフックに責任能力があると判断し、有罪判決を下した。

裁判官はフックが凄惨な幼少期を過ごした事を認めたものの、それが犯罪の言い訳にはならないと述べ、
「同性愛者を生計の為の食い物にする社会の寄生虫」
と非難した。


同年8月8日、フックには死刑が言い渡された。

フックは判決を不服として控訴し、その度に却下された。

フックの死刑執行が1994年に設定されるが、連邦裁判所への控訴により執行は延期となった。

刑務所にいる間、フックは他の囚人を暴行し、顔や胸を刺して怪我を負わせる等、20件以上の問題を起こした。


2018年7月18日、致死量の注射による死刑が執行された。

フックの死刑執行はセルフの3人の家族が見守った。

執行される前、フックはすすり泣き、1999年に上映されたアントニオ・バンデラスの映画で使われた北欧の祈りを静かに歌った。

フックは2018年、オハイオ州で唯一の死刑執行であった。

また、1999年以来 (1976年にアメリカで死刑が復活して以降、オハイオ州では1999年まで死刑が執行されなかった) 、オハイオ州で処刑された56人目であった。


最後に処刑前のフックの言葉で終わりたいと思います。

「あなたの兄弟の命を奪ってすみません。私はダメです。今、あなたが幸せな事を願っています。いつかあなたが母親と再会する事を祈ります」



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1985年2月18日



∽ 総評 ∽

同性愛者を殺害したフック。

フックは若い頃、生活の為に体を売ったが、本人は同性愛者を嫌っていた。

通常、本人も同性愛者となるものだが、フックはどうやらそうではなかった。

おそらくお金がなく辛い時に、お金で少年を買う同性愛者を内心では恨んだと思われる。

フックは両親がアルコールと薬物の中毒者という最悪の家庭に生まれ、当然のように虐待を受けて育った。

それがフックの精神を歪ませ、また、その事で体を売る生活を強いられる事となった。

フックの死刑は当然だが、両親も何らかの罪に処すべきである。